フィリピンへの進出や事業展開を検討する際、日系企業が必ず直面するのが「外資規制」の壁です。その際に注意しなければならない法律のひとつが「Anti-Dummy Law(アンチダミー法)」です。本記事では、フィリピン進出の実務において日系企業がつまずきやすいアンチダミー法の実態と、注意すべきケースについて解説します。
Anti-Dummy Law(アンチダミー法)とは
Anti-Dummy Law(アンチダミー法)とは、フィリピンにおいて外国資本の参入が制限されている業種において、外国人がフィリピン人やフィリピン法人の「名義を借りて」、実質的に事業を所有・支配することを禁止する法律(Commonwealth Act No. 108)です。
「ダミー(Dummy)」とは、いわゆる「名義貸し・身代わり」を指します。外資規制を潜脱する目的で、出資をしていないフィリピン人を株主として登記したり、外資比率の制限を超えて外国人が経営に不当に関与したりする行為が厳しく禁じられています。
外資比率の判定ルール
アンチダミー法に関連して、日系企業が現地法人を多重構造(親会社・子会社)で設立する際に必ず理解しておきたいのが、国籍の判定ルールです。実務上、以下の2つの原則と例外が存在します。
① 原則:Control Test(コントロール・テスト)
出資元である親会社のフィリピン人資本比率が「60%以上」であれば、その親会社を「100%フィリピン国籍の法人」とみなして、子会社への出資比率を計算する基本的なルールです。
② 例外:Grandfather Rule(グランドファーザールール)
SEC(Securities and Exchange Commission、証券取引委員会)が「コントロール・テストを悪用して、実質的には外国人が支配しているのではないか?」と疑義(Doubt)を持った場合に適用される厳格なルールです。この場合、親会社を100%フィリピン国籍とはみなさず、親会社の「外資比率」を子会社への出資比率に掛け合わせて、最終的な実質外資比率を計算します。
例えば、日本企業が40%、フィリピン法人が60%を出資して「A社」を設立し、そのA社がさらに「B社(外資上限40%の規制業種)」に60%出資するとします。
- コントロール・テスト適用時: A社はフィリピン資本60%を満たすため「100%フィリピン国籍」とみなされ、B社への出資も適法と判断されます。
- グランドファーザールール適用時: A社の実質的なフィリピン資本(60%)と、B社への出資比率(60%)を掛け合わせます(60% × 60% = 36%)。この場合、B社の実質的なフィリピン人持ち分は36%となり、外資規制で求められる60%を下回るため、違法(アンチダミー法違反の疑い)とみなされるリスクが生じます。
このように、表面上の出資比率だけでなく、実質的な支配権がどこにあるのかが厳しく問われるため、留意が必要です。
違反した場合のリスク
フィリピンにおいてアンチダミー法への抵触を絶対に避けるべき理由は、発覚した際のペナルティが極めて重く、企業の存続に関わる致命的なダメージを受けるためです。
- 重い罰則リスク: 違反が発覚した場合、会社としての事業許可や法人登記が取り消されるだけでなく、関与した外国人および名義を貸したフィリピン人双方に対して、刑事罰(罰金や最大5年の禁錮刑)が科される可能性があります。さらに、外国人には国外退去処分(強制送還)が命じられる場合もあります。
- 内部告発やトラブルからの発覚: 実務上、当局からの検査で発覚するというケースはまず考えにくく、従業員との労働トラブル、共同経営者(フィリピン人パートナー)との意見の対立、あるいは競合他社からの密告など、内部告発をきっかけにSECやNBI(National Bureau of Investigation、国家捜査局)の調査が入るケースが大半です。
日系企業で見受けられるケース
フィリピン進出の現場では、外資規制をクリアするために様々なスキームが検討されますが、中にはコンプライアンス上の重大なリスクをはらんでいるものも存在します。ここでは、日系企業で一般的に見受けられるものの、注意が必要な3つのケースをご紹介します。
ケース①:フィリピン人配偶者名義での設立
日本人が全額資金を出しているにもかかわらず、フィリピン人の配偶者名義で会社を設立・所有するケースです。飲食業をはじめとして、日本人がフィリピンで起業する際によく見受けられるスキームです。
資金の出所が外国人(日本人)であり、配偶者が実質的な経営に関与していない場合、アンチダミー法に抵触する行為です。「夫婦間の資金であり、誰が本当の資金源か」を当局が明確に証明することが難しいという事情はあるものの、法的には違法であることに変わりはなく、リスクがなくなるわけではありません。
また、夫婦関係が悪化したり離婚問題に発展したりした場合、配偶者から「法律上、この会社は100%自分のものだ」と主張され、会社や資産をすべて奪われてしまうという致命的リスクも抱えています。
ケース②:コンサルタントや知人からの名義借り
現地のコンサルティング会社、弁護士、あるいは知人のフィリピン人に、実際には出資をさせずに形式上だけ株主(名義人)になってもらうケースです。
実務上、名義を借りる見返りとして一定の報酬を支払い、「会社の意思決定に対して反対意見は述べない」「議決権は日本側が実質的に行使する」といったSide Agreement(裏契約)やTrust Agreement(信託契約)を密かに締結するケースが多く見受けられます。また、Blank Endorsement(白地裏書)された株券を日本側で保管し、いつでも名義を変更できるようにしておく対策をとる企業もあります。
しかし、アンチダミー法違反が問われた際、外資規制を潜脱する目的の裏契約は法的に無効(Void)と判断されるリスクが極めて高いのが実情です。名義人が悪意を持ち、法律を盾にして会社の所有権や利益配分を主張し始めた場合、日本側が適法に対抗する手段はほぼなく、会社を乗っ取られる危険性があります。
ケース③:役員ポストや種類株式を用いた実質的支配
出資比率は「フィリピン60%:日本40%」と適法に保ちつつも、役職の専占や特殊な株式の発行によって、日本企業が実質的に会社をコントロールしようとするケースです。
役員ポストによる支配
取締役会の人数は出資比率に応じて制限されます。また、President(社長)やTreasurer(財務役)、Corporate Secretary(会社秘書役)といった重要ポストは、原則としてフィリピン市民権を持つ者、あるいは居住者に限定されます。外国人がこれらに就任したり、実質的にその権限を行使しているとみなされた場合、違反に問われる可能性があります。
種類株式(無議決権株式や優先株)の利用
フィリピン人株主にはNon-voting Shares(無議決権株式)を発行して経営への関与を排除し、日本企業側にはPreferred Shares(優先株)を割り当てて配当(経済的利益)を優先的に受け取れるようにするスキームが検討されることがあります。
しかし、SECは「Beneficial Ownership(実質的支配権・経済的利益)」を厳しく監視しています。議決権の大部分や経済的利益のほとんどが日本側(外資)に偏っており、フィリピン人株主が名目上の存在に過ぎないと判断された場合、これらもアンチダミー法違反とみなされるリスクが十分にあります。
おわりに
フィリピン特有の厳格な外資規制とアンチダミー法は、日系企業にとって非常に悩ましい問題です。「他社もやっているから」「現地のコンサルタントが裏契約でカバーできると言っているから」といった安易なスキーム組成は、事業の基盤を根本から揺るがす大きなリスクとなります。
不要なリスクを避けるためにも、信頼できるパートナー企業との合弁企業設立、ライセンス契約、外資規制対象業務の切り出しなど、正攻法での対策が長期的に見れば最善策です。アンチダミー法への対応や外資規制についてご不明な点がございましたら、当社にお気軽にご相談ください。