日系企業がフィリピンに現地法人(以下「フィリピン現法」)を設立し、日本から駐在員を派遣するケースでは、その駐在員の給与の一部または全部を日本の親会社(出向元)が引き続き支払うことが一般的です。いわゆる「日本給」と呼ばれるもので、日本の社会保険の継続や退職金の算定基礎を維持するために、日本側で給与を支払い続ける実務上の必要性から生まれる仕組みです。

この日本給について、日本の親会社がフィリピン現法に対して費用を請求(チャージバック)するかどうかによって、フィリピン側の税務処理が大きく変わります。本記事では、この違いを整理したうえで、請求する場合に生じる源泉徴収の論点について解説します。

なぜ日本給をフィリピン現法に請求するのか

日本給をフィリピン現法に請求する背景には、日本側の税務上の理由があります。日本の親会社が駐在員の給与を負担したまま回収しない場合、日本の税務当局から「フィリピン現法に対する経済的利益の供与」、すなわち寄附金として認定されるリスクがあります。寄附金と認定されると、日本の親会社側で損金算入が制限される可能性があるため、これを避ける目的で、出向者の給与相当額をフィリピン現法に請求する企業もあります。

ただし、日本の税務上、いわゆる「較差補填」に該当する部分については、出向元の日本法人が負担しても寄附金とはならないとされています。較差補填とは、出向先での給与水準が出向前の給与を下回る場合に、その差額を出向元が補填するものです。フィリピン現法での給与が日本本社基準を大きく下回るケースでは、この考え方が適用できる余地があります。ただし、具体的な判断は日本の税務専門家にご確認ください。

一方、フィリピン現法の立場からみれば、日本の親会社に対して支払いが発生するため、その支払いがフィリピンの源泉徴収税(Withholding Tax)の対象になるかどうかが論点になります。

請求しない場合の税務処理―確定申告での対応

日本の親会社が日本給を負担したままフィリピン現法に請求しない場合、フィリピン現法からみれば親会社への支払いは発生しません。従って、フィリピン現法において源泉徴収の問題は原則として生じません。

ただし、駐在員個人のフィリピンにおける所得税の問題は別です。フィリピンで就労している以上、駐在員はフィリピン源泉の所得について納税義務を負います。日本給についても、フィリピンでの役務提供の対価である以上、フィリピンで課税対象となるのが原則です。この場合、駐在員個人がBIR Form 1700(年次所得税確定申告書)を通じて申告・納付するのが一般的な処理方法です。

なお、親会社が給与を負担してフィリピン現法に請求しない場合、フィリピン現法の帳簿上はその給与が費用として計上されないため、フィリピン現法の法人課税所得が相対的に大きくなるというデメリットもあります。

請求する場合の税務処理―源泉徴収が必要になる

日本の親会社がフィリピン現法に日本給を請求する場合、フィリピン現法から日本の親会社への支払いが発生します。フィリピンの税法上、国外の法人に対する支払いについては、その支払いの性質に応じて源泉徴収が求められます。ここで重要なのは、請求の形態が「実費精算(マークアップなし)」なのか「役務提供の対価(サービス料)」なのかによって、税務上の取扱いが異なる点です。

実費精算(マークアップなし)のパターン

日本の親会社が立替払いした給与の実費をそのままフィリピン現法に請求するパターンです。大半がこのパターンに該当すると思われます。出向契約(Secondment Agreement)に基づき、給与の実費のみを精算する形態で、親会社にマークアップ(利益の上乗せ)はありません。

この場合、実質的に上乗せの給与を支給しているとBIRに見なされることから、給与源泉税の対象となる可能性が高いです。従って、フィリピン現地給に上乗せする形で、給与源泉税を算出し納税する必要が生じます。また、一般的に日本給はネット支給(もしくは日本のみなし税控除)とされているため、追加で生じたフィリピンの所得税分を源泉徴収することができません。そのため実務上は、会社負担という建付けにしてグロスアップ計算を行うのが一般的です。

役務提供の対価(サービス料)として請求するパターン

日本の親会社がフィリピン現法に対して、駐在員の派遣を「技術・管理サービスの提供」として位置づけ、サービス料として請求するパターンです。マークアップを加えて請求する場合や、Service Agreementに基づいて包括的なサービス料として請求する場合がこれに該当します。

このパターンでは、支払いの性質がより明確に「役務提供の対価」となるため、フィリピンにおける源泉徴収の対象となります。BIRは、非居住外国法人(以下「非居住法人」)に対するサービス料の支払いに対して、Final Withholding Tax(最終源泉税)を課しています。サービス料として請求する場合は、源泉徴収の義務がより明確になる反面、フィリピン現法の費用として損金算入しやすいというメリットもあります。

駐在員にこのパターンを適用するケースは稀ですが、出張者の出張経費精算(航空券代、ホテル代、日当など)は該当するケースも生じます。

比較表:請求なし・実費精算・役務提供の3パターン

比較項目請求なし
(親会社負担)
実費精算
(マークアップなし)
役務提供
(サービス料)
フィリピン現法の源泉徴収原則不要給与源泉税が必要最終源泉税が必要
駐在員個人の所得税確定申告で処理月次の源泉徴収+年末調整確定申告で処理
フィリピン現法の費用計上不可原則可原則可
BIRへの源泉徴収申告不要必要必要
日本側の寄附金リスクあり低い低い

実務上の注意点

源泉徴収の申告・納付漏れに注意

フィリピン現法が源泉徴収義務を負う場合、所定の期限までにBIRへ申告・納付しなければなりません。源泉徴収の漏れが発覚した場合、本税に加えて25%の加算税(Surcharge)および延滞利子(Interest)が課されます。特に、国外法人への支払いに対する源泉徴収は見落とされやすいため、経理処理のチェック体制を整えておくことが重要です。

フィリピン現法の費用計上との関係

日本給を請求することで、フィリピン現法側で当該費用を損金算入できるようになるメリットがあります。ただし、損金算入が認められるためには、適切な契約書と請求書が整備されていること、源泉徴収が正しく行われていることが前提です。源泉徴収を怠った状態での費用計上は、税務調査で否認されるリスクがあります。

月次の給与源泉税計算の煩雑さ

実費精算を行う前提の場合、毎月の給与に対して原則は月次で給与源泉税の計算を行い、納税することになります。親会社からタイムリーに請求を行い、かつフィリピン現法側で給与源泉税のグロスアップ計算を速やかに行う必要があります。外国人駐在員の取り扱い経験が少ない会社では、給与計算担当者がグロスアップ計算に不慣れなケースも多く、実務的にこれらの作業をこなせる体制を整えておくことがポイントになります。

おわりに

日本給をフィリピン現法に請求するかどうか、また請求する場合の形態(実費精算か役務提供か)によって、フィリピン側の源泉徴収義務は大きく変わります。いずれのパターンにもメリットとリスクがあるため、自社の状況に合わせた適切な整理が求められます。日本給の請求に伴う源泉徴収の処理や、出向契約書の設計についてご不明な点がございましたら、当社までお気軽にご相談ください。