はじめに
前回(第2回)では、税務調査が予告なく始まることを前提に、平時から整えておくべき備えを整理しました。そのなかで、源泉徴収など具体的な指摘項目は本記事で扱うとお伝えしていました。
本記事は、税務調査シリーズの第3回です。実際の調査で日系企業が指摘を受けやすく、追徴につながりやすい項目を6つに絞って取り上げます。いずれも多くの日系企業に共通して見られる論点です。本記事を参考に、自社状況の点検にもお役立てください。
① 売上の未計上・過少申告(推定課税)
最初に挙げるのは、売上の計上漏れ・過少申告です。指摘の件数として特別多いわけではありませんが、一件あたりの金額インパクトが最も大きく、追徴額が桁違いになりやすいのがこの項目です。
BIRは、申告された売上が実態より少ないのではないかと疑った場合、推定課税(presumptive taxation)の手法を用いて課税してくることがあります。実際の帳簿だけでなく、間接的な状況証拠から売上を推計し、それをもとに追徴するというものです。よくある疑われ方には、次のようなパターンがあります。
- 現金商売の比率が高い業種(飲食店など)で、売上の一部が計上されていないのではないかと疑われるケース
- 従業員を多数抱えているにもかかわらず収益が小さく、人件費などの費用を到底賄えていないように見えるケース
- 国外への出張者がいるなど、収益を生む活動の痕跡があるのに、それに対応する売上が計上されていないケース
特にグループ会社との取引では、注意が必要です。本来得るべき対価を十分に得ていない(無償・低廉で役務やサービスを提供しているなど)と見られると、計上すべき収益が漏れていると指摘されることがあります。これは移転価格の考え方とも通じる論点であり、グループ間の取引価格が実態に見合っているかは、平時から意識しておくべきポイントです。
第1回でお伝えしたとおり、BIRの指摘に対する反証義務は納税者側にあります。推定課税は状況証拠に基づく推計であることが多く、こちらに正確な記録と説明があれば崩せる余地があります。日頃から売上の網羅性を保ち、収益と費用・人員規模との関係を合理的に説明できる状態にしておくことが大切です。
② 源泉徴収の漏れ
実際の調査でとりわけ指摘件数が多いのが、源泉徴収の漏れや税率の誤りです。源泉徴収にはいくつかの種類があります。賃料・各種サービス料・専門家報酬・コミッションなど幅広い支払いにかかるEWT(Expanded Withholding Tax、拡大源泉徴収税)、給与にかかる給与源泉税、そして国外の非居住者への支払いなどにかかる最終源泉税(Final Withholding Tax)です。いずれも対象取引が細かく、税率も支払いの種類ごとに異なるため、漏れや取り違えが生じやすい分野です。
なかでも注意したいのが最終源泉税です。国外関連者への支払いなどに絡んで、意図せず漏れが発生するケースが多く、そもそも課税対象に当たるかどうかの判断自体が難しい場面も少なくありません。後述するクロスボーダーサービスへの課税とも密接に関わる論点です。
源泉徴収を怠った場合、徴収すべきだった税額の追徴に加えて、加算税や延滞利息といったペナルティの対象になります。なお、かつては「源泉徴収を行っていない費用は損金算入が認められない」という取り扱いがありましたが、この損金不算入の扱いはCREATE MORE法によって廃止されました。ただし、これはあくまで損金算入の話であり、源泉徴収の漏れそのものに対するペナルティは引き続き課される点に注意が必要です。「損金にはできるが、源泉漏れのペナルティは免れない」と理解しておくべきです。
③ クロスボーダーサービスへの課税
日本本社やグループ企業から受けるサービスへの課税も、近年とりわけ注目を集めている論点です。経営指導料、ITサポート、各種サービス料、立替精算や費用配賦といった国外関連者への支払いに対して、最終源泉税や最終源泉VATが課されるかどうかが問題となります。
この分野は、2022年の最高裁判決以降、BIRの通達や裁判所の判断が短期間に何度も動いており、税務調査でも申告漏れを指摘される事例が増えました。論点が込み入っているため、本記事では概要にとどめます。最新の通達や裁判所による仮差止めを含めた経緯と実務対応については、当社の以下の記事で詳しく解説していますので、あわせてご覧ください。
参考記事:クロスボーダーサービスへの課税
④ 証憑不備による否認(Non-substantiation)
支払いの裏付けとなる証憑が不十分なために、仕入VAT(Input VAT)や損金(費用)が否認されるケースも多く見られます。いわゆるNon-substantiation(立証不足)による否認です。これはVATの仕入税額控除に限った話ではなく、費用全般に及びます。典型的なのは、次のようなケースです。
- そもそも取引に対応するBIR認定のInvoice(請求書)を取得していない
- Invoiceを取得はしているものの、必須記載事項が欠けているなど、記載に不備がある
フィリピンでは、控除や損金算入の前提として、要件を満たした証憑の保有が厳格に求められます。なお、EOPT法(Ease of Paying Taxes Act)の施行により、VAT関連の証憑要件はInvoiceに一本化されるなど見直しが行われており、要件を満たした書類を取引のつど確実に取得・保管しておくことが、これまで以上に重要になっています。受け取ったInvoiceのどこを確認すべきかについては、当社の以下の記事で具体的に解説していますので、あわせてご覧ください。
⑤ 申告書間・付属書類間の不一致
第2回でも触れたとおり、複数の申告書や書類の間で数値が一致していないことは、調査の格好の糸口になります。具体的には、VAT・源泉徴収税・法人税の各申告書、AFS(監査済財務諸表)、そしてAlphalist(源泉徴収の支払先一覧)などの付属書類の間で、数字が噛み合わないケースです。
特に多いのが、給与源泉税に関する数値のズレです。源泉徴収の申告書(やAlphalist)上の給与・報酬の金額と、AFS上の人件費の金額が一致しないと、申告漏れを疑う入口として指摘されやすくなります。
こうした不一致の原因の多くは、不正というよりも、計上タイミングのずれや、転記・集計のミスといった事務的なものです。月次・年次でこれらの数値を突き合わせ、整合を確認しておくことが基本ですが、それでも期ズレ(計上時期の違い)などにより、差異が必然的に生じる場合もあります。重要なのは差異をゼロにすることそのものではなく、なぜ差異が生じているのかを合理的に説明できる状態にしておくことです。調査官に対して根拠を持って説明できれば、差異があること自体は問題になりません。
⑥ 見落としやすいその他の項目(FBT・印紙税・デジタルサービスVAT)
最後に、一件あたりの金額は必ずしも大きくないものの、見落とされやすく、調査で指摘されやすい項目をまとめて取り上げます。
第一に、フリンジベネフィット税(Fringe Benefits Tax)です。駐在員などに対して提供される住宅、車両、各種手当といった現物給付(フリンジベネフィット)には、フリンジベネフィット税が課されます。給与として処理されない福利厚生的な支給に紛れて、課税対象であることが見落とされやすく、駐在員のいる日系企業では特に指摘を受けやすい項目です。
第二に、印紙税(Documentary Stamp Tax)です。契約書、貸付、増資、株式譲渡などの課税文書には印紙税がかかりますが、その存在自体が見落とされがちです。指摘の件数としては多いものの、一件あたりの金額は小さいため、追徴インパクトという面では限定的です。
第三に、国外からのデジタルサービスに係るVATです。国外のSaaSやクラウドサービスを業務利用している場合、買い手であるフィリピン法人側にVATの申告・納税義務(リバースチャージ方式)が生じます。比較的新しい制度であり、対応が漏れているとペナルティの対象になり得ます。詳細は当社の以下の記事をご覧ください。
参考記事:フリンジベネフィット税
参考記事:印紙税
参考記事:国外からのデジタルサービスに係るVAT
これらに共通する背景と、平時の備え
ここまで見てきた項目には、共通する背景があります。源泉徴収やフリンジベネフィット税、印紙税のように細かな義務が数多くあること、日本本社やグループ会社との取引が複雑になりやすいこと、そして複数の申告書・書類の整合を保つのが容易でないことです。第2回でお伝えした「気づかない抜け漏れ」や「整合性の確保」が、まさにこうした項目で問われます。
裏を返せば、これらの論点を平時から自己点検し、証憑と申告の整合を保っておけば、調査で大きな指摘を受けるリスクは大きく下がります。実際に調査が入った際の具体的な対応や交渉の進め方については、本シリーズ第4回で解説します。
おわりに
本記事で取り上げた6つの項目は、いずれも日系企業に共通して見られるものです。自社にどの論点が当てはまるかを点検し、気になる箇所があれば早めに手を打っておくことが、調査への最も確実な備えになります。
次回(第4回)では、「税務調査対応と交渉のポイント」と題して、実際に調査が始まってからの通知への対応や、BIRとの協議・交渉の進め方について解説します。
当社では、フィリピンの会計・税務に精通したスタッフが、日々の記帳・申告から税務調査への対応まで、日系企業の実務を一貫してサポートしています。自社の指摘リスクの点検にご不安のある方は、お気軽にご相談ください。
税務調査解説シリーズ
- 税務調査①:フィリピンのBIR税務調査とは?
- 税務調査②:税務調査はいつ来る?日頃から取り組むべき調査対策
- 税務調査③:日系企業が指摘されやすい6つのポイント
- 税務調査④:税務調査対応と交渉のポイント
- 税務調査⑤:税務調査が終わったら – 是正と再発防止策
※本記事は執筆時点の法令・BIR通達および実務に基づいて作成しています。税率・手続き・期限は改正されることがあるため、最新情報はBIR公式サイトまたは専門家にご確認ください。