フィリピンで法人を運営する上で、会計帳簿や請求書・領収書の管理方法は日常業務の効率に大きく影響します。なかでもBIR-CAS(Computerized Accounting System)登録は、会計処理のデジタル化という観点では最上位に位置する制度です。本記事では、CASとは何か、他の帳簿方式との違い、メリットや制約、そしてE-Invoiceとの関係について説明します。

BIR-CASとは

CAS(Computerized Accounting System)とは、会社が使用する会計システムをBIRに正式登録する制度です。こちらの記事で詳述している通り、フィリピンでは法定の会計帳簿(Books of Accounts)をBIRに事前登録することが義務付けられており、その選択肢として以下の3種類があります。

  • 手書き式(Manual Books of Accounts)
  • ルーズリーフ式(Looseleaf Books of Accounts)
  • コンピュータ式(Computerized Books of Accounts、以下「コンピュータ式会計帳簿」)

CASはコンピュータ式会計帳簿をさらに発展させた上位互換の制度です。会計帳簿の電子化にとどまらず、BIR認定の請求書・領収書(詳細は後述)を会計システムから直接電子発行できる点が最大の特徴で、手書き式・ルーズリーフ式と根本的に異なるのは、紙の製本・郵送が一切不要になることです。

Computerized Books of Accounts(コンピュータ式会計帳簿)との違い

CASとコンピュータ式会計帳簿は混同されがちですが、別の制度です。コンピュータ式会計帳簿が「帳簿のデジタル化」に特化した制度であるのに対し、CASはそこに「請求書・領収書の電子発行」機能が加わった上位版です。CAS登録をすれば、コンピュータ式会計帳簿の要件も同時に満たすため、別途コンピュータ式会計帳簿として登録する必要はありません。

なお、帳簿のBIR提出について補足します。コンピュータ式会計帳簿・CASいずれの場合も、会計年度終了後30日以内に帳簿データをUSB等に保存しBIRに提出できる状態にしておくことが求められます。ただし実際にUSBを窓口に持参して提出するのは、BIRから要求があった場合に限られます。ルーズリーフ式のように製本した帳簿を物理的に提出する必要はありません。

以下の比較表で両者の違いを整理します。

比較項目Looseleaf Books
(ルーズリーフ式会計帳簿)
Computerized Books
(コンピュータ式会計帳簿)
会計帳簿の電子化
帳簿の保存方式システム + USB等にデータ保存システム + USB等にデータ保存
ORUSでの帳簿提出期限30日以内(型式データのみ提出)30日以内(型式データのみ提出)
製本・印刷不要不要
請求書・領収書の電子発行×
E-Invoice対応×
登録手続きの複雑さ

CAS登録のメリット

取引量が多い企業ほど、CAS登録による業務効率化の効果は大きくなります。

帳簿の製本・印刷コストと手間がなくなる

ルーズリーフ式会計帳簿では、会計年度終了後15日以内という非常にタイトな期限内に、帳簿を印刷・製本して提出しなければなりません(厳密にはORUSによる型式データのみの提出だが、それでも製本は必須)。印刷代・製本代・USB代として年間数千〜数万ペソのコストが発生する上、作業にかかる時間も相当なものです。CASに移行すると、こうしたコストと作業がそのままなくなります。提出期限も会計年度終了後30日以内と余裕があり、期末の負担は大幅に軽減されます。

請求書・領収書を電子発行できる

CASに登録すると、BIR認定の請求書(Invoice)および領収書(Official Receipt)を会計システムから直接発行し、PDFをメールで取引先に送付することで対応が完了します。

手書き式・ルーズリーフ式の場合、請求書・領収書の原本を作成した上で、顧客に郵送しなければなりませんが、CASではその必要がありません。請求件数の多い企業ほど、郵送コストと作業時間の削減効果が顕著に出ます。なお、E-Invoiceの利用においても、この電子発行機能がベースとなります(詳細は後述)。

BIR Form 2307の発行・署名がオンラインで完結する

フィリピンでは、外注費や賃料などを支払う際に源泉徴収を行い、取引先にBIR Form 2307(源泉徴収票)を発行する義務があります。この書類は取引先の税務申告に必要なもので、実務上の発行頻度は非常に高いです。CASでは会計システムからForm 2307を直接作成・発行できるため、紙の印刷・郵送が不要になります。署名も電子署名で完結できるため、担当者が紙に署名して郵送するという一連の作業がなくなります。

AlphalistなどのDATファイルを即時出力できる

源泉徴収に関する明細をBIRに申告する際、Alphalistと呼ばれる一覧表をDATファイル形式で提出する必要があります。CASに登録していない場合、BIRの専用入力システムで取引を一件ずつ手入力することになり、件数の多い企業ではこの作業だけで相当な時間を要します。CAS登録済みの会計システムであれば、このDATファイルをシステムから直接出力できるため、手入力の手間がなくなり、入力ミスのリスクも抑えられます。

E-Invoice(電子インボイス)の利用が可能になる

フィリピンではE-Invoice制度の義務化が段階的に進んでいます。E-Invoice対応にはCAS登録が前提条件となるため、将来を見据えた準備としても、CAS登録には大きな意義があります(詳細は後述)。

CAS登録の制約と注意点

利用できる会計システムが限定される

BIRのCAS登録要件を満たす会計システムは限られています。フィリピンでも広く使われているQuickBooks、Xero、MYOBは原則としてCAS登録の対象外で、現在これらを使用している場合は、会計システム自体の変更が必要になります。弊社では、BIR CAS登録済みのQNE(N3 AI Cloud Accounting)を使用しており、経理代行業務においてもCASの機能を活用しています。

記帳後のデータ削除・遡及修正が原則として不可

CASでは、Audit Trail(監査証跡)の保全という観点から、記帳済みデータの削除や直接修正ができません。入力内容に誤りがあった場合は、削除や上書きではなく、修正仕訳(Journal Entry)を追加入力して対応するのが基本です。これはBIRの要件によるもので、意図的な改ざんを防ぐための仕組みです。記帳担当者はこの点を事前に把握した上で作業に臨む必要があります。

初期登録手続きで専門家のサポートが必要になる

BIRへのCAS登録には、システム仕様書、プロセスフロー、帳簿レイアウトのサンプル、Audit Trail資料、データバックアップ・保管ポリシーなど、多岐にわたる書類の準備が求められます。自社単独での対応は難しく、会計システムのベンダーや専門家のサポートが事実上不可欠です。

CAS登録が可能な代表的な会計システム

CASに登録できる主な会計システムを以下に挙げます。BIRの承認状況は変動する場合があるため、最新情報は各ベンダーまたはBIR公式サイトでご確認ください。

登録可能なシステム(実績あり)

  • QNE(N3 AI Cloud Accounting):フィリピン市場に特化したクラウド会計システム。BIR CAS登録実績が豊富で、税務帳票・DATファイルの出力にも対応。
  • SAP:大企業向けERPとして国内外で広く導入されており、CAS対応の実績あり。
  • Oracle NetSuite:クラウド型ERPとして多国籍企業での採用例が多く、CAS登録実績あり。
  • Multibook:日系企業向けの多通貨・多拠点対応クラウド会計システム。フィリピンのCAS登録実績があり、日本語サポートがある点で日系企業から選ばれるケースも多い。
  • N-PAX(mcframe):日系製造業を中心に導入実績のある基幹システム。フィリピンでのCAS対応実績あり。

登録不可(原則)のシステム

  • QuickBooks
  • Xero
  • MYOB、etc.

なおCAS登録を前提に会計システムを選定する場合は、CAS登録実績の豊富さを重視することを推奨します。システム会社が「CAS登録実績あり」と謳っていても、実は数件程度の実績しか無いケースもあり、営業担当者やエンジニアの経験値に明らかな差があります。CAS登録は会計システム会社の支援が不可欠であるため、実績および経験値が無いと、手続きがスムーズに進まない原因となります。

E-InvoiceとCASの関係

E-Invoice(電子インボイス)制度とは

前述の通り、CASに登録すると請求書・領収書を会計システムから電子発行できるようになります。これをさらに一歩進めた制度が、E-Invoice(電子インボイス)です。

BIRはRevenue Regulation No. 11-2025(以下「RR 11-2025」)により、Electronic Invoicing System(電子インボイスシステム、以下「EIS」)の枠組みを整備しています。EISとは、企業が発行した請求書・領収書のデータを、BIRのポータルシステムにリアルタイムで送信・報告する仕組みです。CASによる「電子発行」が自社と取引先の間の話であるのに対し、EISは発行したデータをBIRにも報告するという点で異なります。つまり、CASが”発行”の制度であるのに対し、EISは”報告”の制度と理解するとわかりやすいでしょう。

なお、EIS(E-Invoice)への対応はCAS登録が前提条件となります。CAS未登録の状態ではE-Invoiceを発行・送信できません。

義務化のスケジュール

RR 11-2025では、Large Taxpayer(大規模納税者)およびE-Commerce事業者を第一グループとして、2026年12月31日までのEIS対応が求められています(当初予定の2026年3月から延期)。その後、対象範囲は中堅・中小企業へと段階的に拡大される見通しです。

現時点では全企業への義務化には至っていませんが、制度の方向性は明確です。対象になってから慌てて準備するよりも、前提条件となるCAS登録を先行して完了させておく方が現実的な対応といえます。

CAS登録の流れと留意点

主な必要書類

CAS登録の申請に際して、以下の書類を準備する必要があります。他にも多数必要書類ありますが、CAS登録に慣れた会計システム会社であれば、それらのドラフトを一通り用意してくれます。

  • BIR Form 1900(会計システム使用許可申請書)
  • 会計システムの仕様書・プロセスフロー図
  • 帳簿レイアウトのサンプル(仕訳帳、総勘定元帳、補助元帳など)
  • Audit Trail(監査証跡)の仕様・ログ管理に関する資料
  • データバックアップ・保管ポリシーに関する書面

手続きの流れ

現行ルールでは、BIRによるシステムデモの実施は不要で、Permit to Use(PTU)の発行も廃止されています。書類をBIRに提出してから3営業日でAcknowledgment Certificate(受理証明書)を取得でき、それをもってCASの運用を開始できます。以前と比べて手続きはやや簡略化されていますが、書類準備の段階でシステム会社や専門家のサポートが必要になる点は変わりません。

期中のCAS登録は推奨しない

実務上、特に注意が必要なのが登録のタイミングです。期中(会計年度の途中)でのCAS登録は、過去データの移行や帳簿の連続性確保が実務上困難なため、推奨していません。

新会計年度の期首(カレンダーイヤーであれば1月1日)から適用できるよう、前会計年度中に登録を完了させておくことが原則です。ルーズリーフ式などの他方式から切り替えを検討している場合も同様で、期末の前から準備を始め、期首に合わせてスムーズに移行できるよう計画的に進める必要があります。

おわりに

弊社自身もBIR-CASに登録しており、帳簿のデジタル提出、請求書・領収書の電子発行、BIR Form 2307やAlphalist DATファイルの自動出力といった機能を日常業務で活用しています。取引量が増えれば増えるほど、CASがもたらす効率化の恩恵が大きくなることを実感しています。

E-Invoice義務化の流れが加速するなか、CAS登録はもはや大企業だけの話ではなくなりつつあります。CAS登録や会計システムの選定については、お気軽にご相談ください。