はじめに

フィリピンで事業を行う日系企業にとって、BIRの税務調査は深刻な悩みの種であり、非常に大きなリスクとも言えます。規模の大小を問わず多くの企業が対象となり、現地法人として真面目に申告・納税を続けていても、調査と無縁でいられるわけではありません。

本記事は、フィリピンの税務調査をテーマとした全5回シリーズの第1回です。税務調査とはそもそも何か、どのような企業が対象に選ばれやすいのか、調査がどう進んでいくのか、そして調査の結果どれだけのペナルティを負い得るのか。この4点を、実務の観点から整理していきます。

フィリピンの税務調査とは何か

税務調査とは、納税者が行った申告・納税の内容が税法に従って正しく行われているかを、BIRが検証する手続きです。帳簿や証憑(領収書・契約書・銀行記録など)を調べ、申告漏れや過少申告がないかを確認し、不足があると判断されれば追徴課税が行われます。

統括するのはBIR、実際に調べるのはRDO

税務行政全体を統括するのはBIRですが、現場で実際に調査を担当するのは、納税者の所在地を管轄するRDO(Revenue District Office、管轄税務署)に所属する調査官(Revenue Officer)です。日系企業の多くは、登記住所を管轄するRDOの調査官による調査を受けることになります。なお、一定規模以上の大規模納税者は、RDOではなくLTS(Large Taxpayers Service、大規模納税者サービス)の管轄となります。

つまり「BIRの調査が入る」といっても、日々のやり取りや書類提出の相手となるのは、実際には管轄RDO(または所管のLT Audit Office)の調査官です。この点は意外と知られていません。

調査の権限を示す3つの文書

調査・確認のための権限文書には、次の3種類があります。文書の種類によって、調査官に与えられた権限の範囲が異なります。

  • eLA(Electronic Letter of Authority、電子調査権限書) — 帳簿・会計記録の全面的な調査を行うための正式な権限文書です。従来「LOA(Letter of Authority)」と呼ばれてきたものが電子化されたもので、本格的な税務調査はこのeLAに基づいて行われます。
  • MO(Mission Order) — 確認・監視・査察など、限定的な権限のための文書です。
  • TVN(Tax Verification Notice) — 特定の取引や還付申請など、限られた範囲を確認するための文書です。

このうち実務上もっとも重要なのがeLA(LOA)です。原則として、有効なeLAがなければBIRは正式な税務調査を始めることができません。裏を返せば、調査官が訪問・要求してきたときに、まず有効なeLAがあるか、そこに記載された調査対象(納税者名・税目・対象年度・担当調査官名)が正しいかを確認することが、納税者にとっての最初の防御線になります。

なお、フィリピンの税務調査の運用は2026年に見直しが行われました。調査の透明性を高め、権限の濫用を防ぐ趣旨で、システムを活用した調査対象の選定や、調査権限文書の区分の明確化などが整理されています。もっとも、調査そのものの基本的な流れや納税者の対応が大きく変わったわけではなく、従来の枠組みを踏まえつつ運用面を整えた、という性格のものです。

どのような企業が調査対象になりやすいのか

「真面目に申告しているのに、なぜ当社が」という疑問は、調査を受けた多くの企業が口にするところです。BIRの基本的な立場は「すべての納税者が潜在的な調査対象である」というものですが、現実には、リスクが高いと見られる企業から優先的に選ばれていきます。実務上、対象になりやすいのは次のような企業です。

  • 規模の大きい企業 — 当然ながら、売上や納税額が大きいほど、追徴できる金額も大きくなります。BIRから見れば「調べる価値のある先」であり、規模が大きい企業ほど調査対象に選ばれやすくなります。
  • 過去の調査で多くの不備を指摘された企業 — 一度問題が見つかった先は、再び調査の対象になりやすい傾向があります。過去の指摘が多いほど、継続的にマークされやすくなります。
  • 財務指標が不自然な企業 — 売上高・利益率・各種比率が同業他社と比べて不自然であったり、連続して赤字を計上していたりすると、リスク選定で引っかかりやすくなります。
  • 申告書間で数値に整合性がない企業 — VAT・源泉徴収税・法人税など、複数の申告書やAFS(監査済財務諸表)の間で数字が噛み合っていないと、指摘のきっかけになります。

なおBIRやRDOには徴税目標が課されており、各事務所はその達成のために調査を積極的に行っています。そして目標達成のためには、どうしても「取りやすいところ」が狙われやすくなります。書類管理が甘い、対応に慣れていない、反論の準備が不十分といった企業ほど、追徴を取りやすい相手として標的になりやすいのが実情です。逆に言えば、日頃からきちんと備えている企業は、たとえ調査が入っても大きな追徴に至りにくく、結果として「割に合わない先」として深追いされにくくなります。

なお、調査官が指摘の根拠として、取引先など第三者から得た情報と自社の申告内容との食い違いを持ち出してくることがあります。ただし、第三者情報のみを根拠とした課税は、本来であれば認められない方法です。こうした指摘を受けた場合には、その根拠の正当性を冷静に確認することが大切です。

また、実務上は、法人や支店等の拠点設立から3〜4年が経過したころに最初の調査が入るケースが多く見られます。数年分の申告データが蓄積されると、年度間の比較や同業他社との対比が可能になり、リスク選定にかかりやすくなるためと考えられます。

日系企業が具体的にどのような項目で指摘を受けやすいか(移転価格、外国人役員報酬の源泉徴収、VATインプットの否認、印紙税など)については、本シリーズ第3回で詳しく扱います。

法人形態によるリスクの違い

進出形態によっても、調査リスクには差があります。フィリピン国内で事業活動を行い、収益を上げて法人税やVATを納める株式会社(現地法人)や支店(Branch)は、調査リスクが相対的に高くなります。一方、本国親会社のための連絡・市場調査などに活動が限定され、国内で収益を上げないことが前提の駐在員事務所(Representative Office)は、課税対象となる所得が原則として生じないため、調査リスクは相対的に低い傾向があります。ただし、駐在員事務所であっても源泉徴収や従業員に関する申告義務は負っており、リスクがゼロというわけではありません。

還付申請をすると、調査が前提になる

特に注意したいのが、VATやCWT(Creditable Withholding Tax、源泉徴収税額控除)の還付を申請するケースです。フィリピンでは、還付の申請は原則として税務上の検証(実質的な調査)を伴います。「還付を受けるなら、その前に申告内容をきちんと調べさせてもらう」というのがBIRの基本姿勢であり、還付申請は事実上、調査を呼び込む行為だと理解しておく必要があります。

ただし近年は、EOPT法(Ease of Paying Taxes Act)とその関連規則(Revenue Regulations No. 5-2024 等)により、VAT還付についてはリスクの程度に応じた処理(低リスク・中リスク・高リスクの分類)が導入されました。低リスクと分類された小規模な還付申請については、書類の完備を確認するだけで、フル検証が省略される運用となっています。

もっとも、この免除規定には制限も設けられています。低リスク分類が3回連続した場合、4回目の還付申請は自動的にフル検証(実質的な調査)の対象となる扱いです。また、最初の3回は必然的に従来通りのフル検証が行われます。「小規模だから毎回検証を免れる」というわけではない点に注意してください。還付制度の具体的な運用は改正が続いている分野でもあるため、実際に申請を検討する際は、最新の取り扱いを確認することをおすすめします。

税務調査の対象期間

税務調査が対象とする期間は、原則として過去3年分です。フィリピンの税法では、課税の更正(assessment)に時効(prescription)が定められており、原則として申告書の提出期限または実際の提出日のいずれか遅い方から3年以内に査定を行わなければならないとされています。ただし、次の場合にはこの3年の期間が大きく延びる、または適用されないため注意が必要です。

  • 虚偽・詐欺的な申告、または申告書を提出しなかった場合 — 時効は10年に延長されます。しかも、起算点は「BIRがその事実を発見した日」からとなります。
  • 納税者が期間延長に同意(Waiver of the Statute of Limitations)した場合 — 調査の途中で、BIRから時効延長の同意書(Waiver)への署名を求められることがあります。これに応じると、その分だけ査定可能な期間が延びます。

税務調査の流れ:eLA(LOA)から裁判所まで

ここからが本記事の中心です。フィリピンの税務調査は、法律で定められた適正手続き(due process)に沿って段階的に進みます。そして各段階には、納税者が「何日以内に」「何をすべきか」という期限が定められています。この期限を一度でも逃すと反論の機会を失い、査定がそのまま確定してしまうおそれがありますのでご注意ください。

① eLA(LOA)の受領:調査の始まり

調査は、納税者がeLAを受領することで正式に始まります。前述のとおり、eLAには調査対象となる税目・課税年度・担当調査官名が記載されているので、まずこの内容を確認します。

受領後は、調査官から帳簿・会計記録・各種証憑の提出を求められます。実務上、提出はeLA受領から10日以内に求められるのが一般的です。この時点で必要書類が揃っていないと、その後の調査で不利な扱いを受けやすくなります。

また実務上のポイントとして、要求された以外の書類は提出しない、ということも重要です。よかれと思って追加の資料を提出した結果、RDOの調査材料として活用され、指摘のきっかけ作りになってしまうケースも多々あります。

② NOD(Notice of Discrepancy、不一致通知)と協議

調査の結果、申告内容に差異が見つかった場合、調査官はまずNODを発行します。これは「BIR側はこうした差異があると考えている」という指摘であって、この時点で課税が確定するわけではありません。

NODを受領した納税者には、その差異について調査官と協議(Discussion of Discrepancy)し、自社の主張を裏付ける書類を提出する機会が与えられます。協議・書類提出の期限は、NOD受領から30日以内です。この段階で十分に反論・説明できれば、課税を回避したり、金額を抑えたりできる可能性があります。

一般的に、NODでは納税者がびっくりするような金額が提示されます(年間の売上を超える金額となるケースもあります)。BIR側が明確な根拠の有無を問わずとりあえず提示してきた金額ですので、驚いたり狼狽えたりせず、落ち着いて対処する必要があります。

なお、BIRの指摘に対する反証義務は納税者側にあります。たとえどんな馬鹿げた指摘であったとしても、数値や法的根拠とともに一つずつ反証し、追徴額を減らさなければなりません。また、税務調査はこのNODの段階での減額が最重要とも言われていますので、NODを受領次第、即座に指摘事項の検証および反証準備を進める必要があります。

③ PAN(Preliminary Assessment Notice、事前査定通知)

協議を経てもなお課税すべき差異が残るとBIRが判断すると、PAN(事前査定通知)が発行されます。課税の予定額とその根拠を正式に通知するものです。納税者はPAN受領から15日以内に、返答(Reply)と裏付資料を提出できます。この期限内に有効な反論を行わなければ、手続きは次のFANへと進みます。

④ FLD/FAN(正式請求書兼最終査定通知)

PANの段階での反論が認められなかった場合、BIRはFLD/FAN(Formal Letter of Demand / Final Assessment Notice)を発行します。これは、追徴税額(本税・加算税・利息を含む)を正式に請求する最終的な査定通知です。

ここで極めて重要なのが、FLD/FAN受領から30日以内にProtest(不服申立て)を提出しなければ、査定が確定(final and executory)してしまうという点です。この30日を一日でも過ぎると、どれほど正当な反論材料があっても、原則として争う手立てを失い、査定額を納めざるを得なくなります。Protestには次の2種類があり、どちらを選ぶかでその後の手続きが変わります。

  1. Request for Reconsideration(再考の請求) — 既存の資料に基づいて査定の再評価を求めるもので、新たな資料の追加提出は予定しません。
  2. Request for Reinvestigation(再調査の請求) — 新たに発見した、または追加で提示する資料に基づいて再調査を求めるものです。

このうち再調査の請求を選んだ場合は、Protest提出から60日以内に追加の裏付資料を提出する必要があります。この60日の期限も逃さないよう注意してください。

⑤ FDDA(Final Decision on Disputed Assessment、争点付き査定に対する最終決定)

提出されたProtestと裏付資料を評価したうえで、BIRはFDDA(最終決定)を発行します。納税者の不服申立てに対するBIRの結論にあたります。FDDAに不服がある場合、納税者はFDDA受領から30日以内に、CTA(Court of Tax Appeals、租税裁判所)へ提訴するか、CIR(内国歳入庁長官)に対して再考を請求するかを選ぶことになります。ここでも期限は30日です。

なお、Protestを提出したにもかかわらず、BIRが180日以内に何の決定も下さない(不作為の)場合には、その180日の満了後30日以内にCTAへ提訴するという別の選択肢もあります。

⑥ CTA(租税裁判所)以降:できればここまで来ないのが望ましい

BIRの行政手続き(FDDAまで)で決着がつかなければ、争いの場は司法手続きへ移ります。まずCTAの担当部(Division)へ提訴し、その判断にも不服があればCTA En Banc(大法廷)へ、最終的にはSupreme Court(最高裁判所)まで争うことができます。

ただし、ここまで進めることには相応の覚悟が要ります。CTA以降の裁判は数年単位の長期戦になることが珍しくなく、弁護士費用をはじめとするコストもかさみます。さらに、資料の準備や対応にかかる社内の労力も膨大です。勝てる見込みがあったとしても、勝訴までに費やす時間・費用・労力を考えれば、必ずしも割に合うとは限りません。

こうした事情から、実務上は、できるだけBIR/RDOのレベルで解決を図ることが推奨されます。早い段階できちんと反論し、調査官との協議のなかで着地点を探るほうが、裁判まで持ち込むよりも結果的に負担が小さく済むケースが多いのです。各段階での具体的な対応や交渉のポイントについては、本シリーズ第4回で詳しく解説します。

なおBIR側としてもCTA以降は決して負担が小さくないため、その前段階で妥結したいと考えるのが通常です。両者が妥結に向けて歩み寄るチャンスですので、このタイミングで交渉し減額および妥結を図ることが推奨されます。

段階文書納税者の対応期限
① 調査開始eLA(LOA)書類提出:受領から10日
② 差異の通知NOD協議・書類提出:受領から30日
③ 事前査定PAN返答・書類提出:受領から15日
④ 最終査定FLD / FANProtest提出:受領から30日(再調査は提出後60日以内に追加資料提出)
⑤ 最終決定FDDACTA提訴 or CIR再考請求:受領から30日
⑥ 司法手続きCTA → CTA大法廷 → 最高裁(数年単位・高コスト)

税務調査で課されるペナルティ

追徴課税が確定すると、納税者は本来納めるべきだった税額(本税)に加えて、ペナルティを負担することになります。フィリピンのペナルティは決して軽いものではなく、本税を大きく上回る負担になることも珍しくありません。主なものは次のとおりです。

  • 加算税(Surcharge) — 原則として本税の25%。虚偽の申告や故意による不申告など悪質と判断される場合には、本税の50%が課されます。
  • 延滞利息(Interest) — 年率は現状では年12%です。追徴税額が確定するまでの期間に応じて積み上がっていきます。
  • Compromise Penalty(和解金) — 刑事訴追に代えて支払う罰金的な性質のもので、違反の内容に応じて上記とは別に課され得ます。

たとえば本税に25%の加算税が上乗せされ、そこに数年分の延滞利息(年12%)が累積すれば、最終的な負担は本税の1.5倍、場合によっては2倍近くにまで膨らむこともあります。これが、税務調査を軽く見てはいけない大きな理由です。ペナルティの具体的な計算方法や、その軽減・免除の手段(Compromise Settlement や Abatement)については、本シリーズ第5回で詳しく扱います。

おわりに

フィリピンの税務調査は、適正手続きに沿って段階的に進む一方で、各段階に厳しい期限が設けられており、そのひとつを逃すだけで反論の機会を失い、重いペナルティを伴う査定が確定してしまいます。設立から数年が経過した現地法人にとっては、もはや「いつか来るかもしれないもの」ではなく、「いつ来てもおかしくないもの」として、日頃から備えておくことが何より重要です。

次回(第2回)では、「税務調査はいつ来る?日頃から取り組むべき調査対策」と題して、調査が予告なく入ることを前提に、平時から整えておきたい体制や対応について解説します。

当社では、フィリピンの会計・税務に精通したスタッフが、日々の記帳・申告から税務調査への対応まで、日系企業の実務を一貫してサポートしています。税務調査への備えにご不安のある方は、お気軽にご相談ください。

税務調査解説シリーズ

※本記事は執筆時点の法令・BIR通達および実務に基づいて作成しています。税率・手続き・期限は改正されることがあるため、最新情報はBIR公式サイトまたは専門家にご確認ください。