はじめに
前回(第1回)では、フィリピンのBIR税務調査がどのように進み、各段階にどれほど厳しい期限が設けられているかを整理しました。規模の大小を問わず多くの企業が対象となり、「いつ来てもおかしくないもの」として備えておく必要がある、というのが結論でした。
では、その調査は実際にいつ来るのでしょうか。そして、来る前に何をしておけばよいのでしょうか。本記事は、税務調査シリーズの第2回として、この2つの問いに答えていきます。本記事で最もお伝えしたいのは、税務調査は、平時の税務コンプライアンスがきちんとできていれば、過度に恐れるものではないということです。問題は調査そのものではなく、備えのないまま調査を迎えてしまうことにあります。
税務調査はいつ、どのように来るのか
まず押さえておきたいのは、フィリピンの税務調査は基本的に予告なく始まる、ということです。日本のように事前に日程を調整したり、税務署から「いつ伺います」と連絡が入ったりするのとは異なり、フィリピンではeLA(Electronic Letter of Authority、電子調査権限書)が送達された時点で、調査は突然始まります。調査が来やすいタイミングには、ある程度の傾向があります。
- 設立から3〜4年が経過したころ — 第1回でも触れたとおり、数年分の申告データが蓄積されると、年度間の比較や同業他社との対比が可能になり、リスク選定にかかりやすくなります。最初の調査がこの時期に入るケースは少なくありません。
- VATやCWT(源泉徴収税額控除)の還付を申請したとき — フィリピンでは還付申請が原則として税務上の検証を伴うため、還付を求めること自体が、事実上、調査を呼び込む行為になります。
- 廃業・清算・登録内容の変更といった節目 — 事業をたたむ際や登録事項を変える際には、タックスクリアランス(納税証明)を取得する過程で調査が入ることがあります。「最後にまとめて見られる」と考えておくべきです。
- 業種・規模に基づく定期的な選定 — BIRの情報システムによるリスク選定のサイクルのなかで、対象に挙がることもあります。
いずれのタイミングであっても、共通して言えるのは、来てから対応を考えるのでは間に合わないということです。第1回で見たように、eLAを受領するとおおむね10日以内に帳簿・証憑の提出を求められます。この短い期間で必要書類を揃え、内容を確認するには、平時からの備えが結果を大きく左右します。
日頃から取り組むべき調査対策
調査対策というと書類をきれいに保管しておくことを思い浮かべがちですが、それは対策の一部にすぎません。第1回で、BIRやRDOは徴税目標の達成のために取りやすいところを狙いやすく、逆に日頃から備えている企業は深追いされにくい、とお伝えしました。平時の備えこそが最大の防御になります。ここでは、書類管理にとどまらない対策を整理します。
帳簿・証憑を「いつでも出せる」状態にしておく
調査対応の土台となるのが、帳簿と証憑です。BIRに登録した帳簿(Books of Accounts)を適切に記帳し、Official Receipt(公式領収書)やInvoice(請求書)、契約書、銀行記録といった証憑を、申告内容と紐づけて整理しておくことが基本になります。
保管年限についても触れておきます。従来、帳簿・会計記録の保存期間は10年とされていましたが、EOPT法(Ease of Paying Taxes Act)の関連規則であるRevenue Regulations No. 7-2024により、現在は原則5年に短縮されています(最後の記帳を行った課税年度の申告期限の翌日から起算)。ただし、Protest(不服申立て)や還付請求が係属中で、その帳簿・記録が事案に関係する場合には、解決するまで保存を続ける必要があります。
申告書どうし・財務諸表との整合性を保つ
第1回で、複数の申告書の間で数値が噛み合っていないことが指摘の入口になる、とお伝えしました。VAT・源泉徴収税・法人税の各申告書、そしてAFS(監査済財務諸表)やAlphalist(源泉徴収の支払先一覧)などの数値が、相互に整合しているかを平時から確認しておくことが重要です。調査官は、まさにこうした数字の食い違いを糸口に指摘を組み立ててきます。月次・年次で突合(reconciliation)する習慣をつけておけば、調査時に慌てて整合性を取り繕う必要がなくなります。
気づかない抜け漏れに注意する
申告も納税も自社できちんと行っているつもりでも、気づかないうちに抜け漏れが生じているケースはよくあります。フィリピンの税制は申告区分や源泉徴収のルールが細かく、改正も頻繁です。源泉徴収の対象取引を見落としていた、適用すべき税率を取り違えていた、提出すべき付属明細を出していなかった、といった悪意のない抜け漏れが、後の調査で指摘につながることは珍しくありません。
特に源泉徴収は、日系企業がつまずきやすい分野です。外国人役員への報酬、海外への送金、賃料やサービス料の支払いなど、源泉徴収が必要な取引は多岐にわたり、漏れが生じやすいところです。具体的にどの項目で指摘を受けやすいかは本シリーズ第3回で扱いますが、平時から自社のやり方が正しいかを定期的に点検する姿勢が大切です。
申告・納付の期限を確実に守る
申告や納付の期限を過ぎること自体が、加算税や延滞利息といったペナルティの対象になります。税務カレンダーを整備し、eFPS やeBIRForms といった電子申告の仕組みを活用して、期限管理を徹底することが基本です。期限を守るという当たり前のことの積み重ねが、結果として「真面目に納税している企業」という実績になり、調査リスクを下げることにもつながります。
eLAを受け取ったら、即座にマネジメントへ連絡するルールを徹底する
見落とされがちですが、社内の連絡ルールも重要です。eLAをスタッフや受付が受け取ったまま、数日が経過してしまうという事態は実際に少なくありません。前述のとおり、eLA受領後の書類提出期限はおおむね10日です。受領から数日が過ぎれば、それだけ準備の時間が削られ、対応が後手に回ります。
そこで、eLAを含むBIRからの通知を受け取ったら、受け取った者がただちに経営層(マネジメント)へ連絡するというルールを、社内に徹底しておくことをおすすめします。誰が窓口になるのか、受け取った通知を誰に・どのように報告するのか、現場が独断で書類を出してしまわないためのルールはどうするのか。こうした体制を平時に決めておくことが、いざというときの初動を大きく左右します。第1回で触れた「要求された以外の書類は提出しない」という原則も、現場が独断で動かないルールとして定着させておくことが望ましいでしょう。
専門家との関係を平時から築いておく
調査が来てから専門家を探すのでは、間に合わないことがあります。平時から専門家が関与していれば、記帳や申告の段階で反証材料(根拠資料や法的根拠)がそろった状態を保てるため、調査時にも落ち着いて対応できます。ここでは、特に押さえておきたい2点をお伝えします。
第一に、日常業務をアウトソースしている場合は、その委託範囲がどこまでをカバーしているかを、まず確認することです。記帳や月次・年次の申告代行を依頼していても、税務調査への対応はその範囲に含まれていないのが一般的で、別料金となるケースがほとんどです。さらに、BIRとの交渉までは引き受けてくれない業者も少なくありません。「申告を任せているのだから、調査が来ても対応してくれるはず」と思い込んでいると、いざというときに頼れる相手がいない、という事態になりかねません。契約内容を平時に確認しておきましょう。
第二に、税務に強い弁護士、いわゆるCPA Lawyer(公認会計士資格を持つ弁護士)との関係を、平時から築いておくことです。フィリピンでは、税務争訟や高度な交渉の場面で、こうした専門家の存在が大きな支えになります。ただし、調査が始まってからの飛び込みでの依頼は、受けてもらえないことも多いのが実情です。加えて、日頃から関係ができていない弁護士に突然依頼しても、自社の事業内容や経理の実態を理解してもらうところから始めなければならず、限られた期限内に間に合わないケースもあります。早い段階から相談できる関係をつくっておくことが、結果的に自社を守ることにつながります。
「来たとき」に慌てないために
ここまで見てきた対策は、いずれも調査が来てからではなく、来る前に整えておくべきものです。税務調査ではNOD(不一致通知)の段階での反証が最も重要であり、しかもBIRの指摘に対する反証義務は納税者側にあります。平時から帳簿・証憑が整い、申告の整合性が取れ、社内の連絡体制と専門家との関係が築けていれば、NODを受け取ったときにも、根拠を持って落ち着いて反証できます。
裏を返せば、これらの備えができていれば、税務調査をことさらに恐れる必要はありません。具体的な調査中の対応手順や交渉のポイントは、本シリーズ第4回で解説します。
おわりに
フィリピンの税務調査は予告なく始まり、来てから準備を始めたのでは間に合いません。だからこそ、帳簿・証憑の整備、申告の整合性確保、期限管理、社内の連絡体制、専門家との関係構築といった備えを、平時から積み重ねておくことが重要です。逆に言えば、こうした平時の税務コンプライアンスがしっかりできていれば、税務調査は過度に恐れるべきものではありません。この点が、本記事を通して最もお伝えしたいことです。
次回(第3回)では、「日系企業が指摘されやすい7つのポイント」と題して、移転価格や外国人役員報酬の源泉徴収、VATインプットの否認、印紙税など、調査で実際に問題となりやすい具体的な項目を取り上げます。
当社では、フィリピンの会計・税務に精通したスタッフが、日々の記帳・申告から税務調査への備えまで、日系企業の実務を一貫してサポートしています。委託範囲の確認や調査への備えにご不安のある方は、お気軽にご相談ください。
税務調査解説シリーズ
- 税務調査①:フィリピンのBIR税務調査とは?
- 税務調査②:税務調査はいつ来る?日頃から取り組むべき調査対策
- 税務調査③:日系企業が指摘されやすい6つのポイント
- 税務調査④:税務調査対応と交渉のポイント
- 税務調査⑤:税務調査が終わったら – 是正と再発防止策
※本記事は執筆時点の法令・BIR通達および実務に基づいて作成しています。税率・手続き・期限は改正されることがあるため、最新情報はBIR公式サイトまたは専門家にご確認ください。