はじめに

ここまでの3回で、フィリピンのBIR税務調査の流れと期限(第1回)、平時の備え(第2回)、日系企業が指摘されやすい項目(第3回)を扱ってきました。

本記事は、税務調査シリーズの第4回です。実際に調査が始まってから終結するまでに、納税者が各段階でどう動き、どう交渉すべきかという実戦的な対応を解説します。先に基本姿勢をお伝えすると、税務調査対応の要点は、各段階の期限を絶対に守ること、根拠をもって反証すること、そしてできるだけBIR・RDOのレベルで早期に着地させることの3点に集約されます。

調査対応の基本姿勢

個別の対応に入る前に、調査全体を通じて貫くべき基本姿勢を整理します。

まず、感情的にならず冷静に対応することです。後述するように、調査の過程では実態とかけ離れた高額が提示されることがありますが、動揺は禁物です。また、担当者や駐在員自身は冷静に対応していたとしても、フィリピンの事情を知らない日本本社が騒ぎ立て、担当者や駐在員が板挟みになる(本社の理解を得るのに苦労する)というケースが少なくありません。

次に、各段階の期限を絶対に守ること。第1回で見たとおり、期限を一度でも逃すと反論の機会を失い、査定が確定してしまいます。そして、反証は必ず数値と法的根拠に基づいて行うこと。BIRの指摘に対する反証義務は納税者側にあります。加えて、提出する書類は要求されたものに限定すること。最後に、争うべきは争いつつ、どこかの段階で現実的な着地を図るという出口の意識を、早い段階から持っておくことです。

初動 – eLA受領からの動き方

調査はeLA(Electronic Letter of Authority、税務調査開始通知)の受領から始まります。第2回で述べたとおり、eLAを受け取ったら、受け取った担当者がただちにマネジメントへ連絡するルールを徹底してください。スタッフや受付が受領したまま数日が経過すると、その分だけ準備期間が削られます。

受領後、まず確認すべきはeLAの有効性です。記載された調査対象期間・税目・担当調査官名が正しいか、有効なeLAに基づく調査かを確認します。あわせて、社内の対応窓口を一本化し、できればこの段階で専門家に相談しておくことが望ましいです。第2回でお伝えしたとおり、調査が始まってから専門家を探すのでは間に合わないことがあります。

書類提出は、要求されたものに限定します。よかれと思って要求外の資料まで提出すると、それが新たな指摘の材料に使われてしまうことが少なくありません。提出する前に、内容を必ず精査してください。

書類提出と調査官対応の心得

書類を提出する際は、必ず控えを手元に残し、いつ・何を提出したかの記録(受領印や提出リスト)を残しておきます。後の段階で「提出した・していない」が争点になることを防ぐためです。

調査官からの要求が口頭でなされた場合は、できるだけ書面で確認するようにします。曖昧なやり取りは、後のトラブルのもとになります。なお、求められた書類を提出しないままでいると、SDT(Subpoena Duces Tecum、文書提出命令)という強制力のある命令が発出されることがあります。提出すべきものは適切に提出し、SDTに至らせないことも大切です。

調査官とのやり取りでは、誠実に対応しつつも、必要以上に語らないことを心がけてください。憶測でものを言わない、確認できていないことを断定しない、自社に不利になる供述をしない、という基本を守ります。

NOD段階の対応 – 最重要の反証フェーズ

調査で差異が見つかると、まずNOD(Notice of Discrepancy、不一致通知)が発行されます。第1回でもお伝えしたとおり、税務調査対応で最も重要なのが、このNODの段階での反証です。

注意したいのは、NODでは実態とかけ離れた高額が提示されることがある点です。年間の売上を超えるような金額が示されるケースさえあります。これはBIR側が明確な根拠の有無を問わずとりあえず提示してきた金額であることも多いため、驚いたり狼狽えたりせず、落ち着いて対処してください。

NOD受領後は30日以内に、指摘された項目を一つずつ、数値と法的根拠をもって反証します。ここでどれだけ減額できるかが、最終的な追徴額を大きく左右します。この段階での減額が最も効くと言われるのは、まだ正式な査定が固まっておらず、調整の余地が大きいためです。

ここで一つ、実務上の重要なポイントがあります。反証は、単に資料を提出するだけでなく、RDOの担当官との面談を要求し、直接説明できればなお良いということです。資料を提出しただけでは、十分に考慮されないまま指摘金額が維持され、次の段階へ進んでしまうことも少なくありません。面談の約束を取り付けるのは容易ではありませんが、直接顔を合わせて根拠を説明できれば、こちらの主張が考慮される可能性は高まります。できるに越したことはありません。

PAN・FAN段階の対応 – Protest(不服申立て)の実務

NODの協議を経てもなお差異が残ると、PAN(Preliminary Assessment Notice、事前査定通知)が発行されます。PANに対しては、受領から15日以内に返答(Reply)と裏付資料を提出できます。

PANの段階でも解決しなければ、FLD/FAN(Formal Letter of Demand / Final Assessment Notice、正式請求書兼最終査定通知)が発行されます。ここで決定的に重要なのが、FLD/FAN受領から30日以内にProtest(不服申立て)を提出することです。この30日を一日でも過ぎると査定が確定し、争う手立てを失います。

Protestには2種類があり、選択によってその後の手続きが変わります。既存の資料に基づいて再評価を求めるRequest for Reconsideration(再考の請求)と、新たな資料に基づいて再調査を求めるRequest for Reinvestigation(再調査の請求)です。再調査の請求を選んだ場合は、提出から60日以内に追加の裏付資料を提出する必要があります。Protestには、争う項目・その根拠・該当する法令や判例を、漏れなく記載します。

なお、Protestを提出したにもかかわらずBIRが180日以内に何の決定も下さない場合には、その満了後30日以内にCTA(Court of Tax Appeals、租税裁判所)へ提訴するという選択肢もあります。

交渉と着地のポイント – どこで決着させるか

ここからが、実務上の山場です。税務調査は、争うべきを争うだけでなく、どこで決着させるかという出口戦略が結果を大きく左右します。

BIR側にも早く終わらせたい事情がある

第1回でも触れたとおり、CTA以降の裁判は数年単位の長期戦になり、弁護士費用や社内の労力も膨大です。そしてこれは、実はBIR・RDO側にとっても同じです。さらにBIR・RDOには月次・年次の徴税目標が課されており、目標達成のために案件を早くクローズさせたいと考えるタイミングがあります。

そのため、最終的な妥結額は、当初の指摘額から反証によって削った金額と必ずしも一致するとは限りません。交渉を通じて、双方が歩み寄った「ある程度の金額」で妥結に至ることが、実務ではよくあります。FDDA(最終決定)の前後は、こうした交渉と減額の好機になりやすい局面です。

妥結金額の一つの目安

過去の事例に基づく一つの目安として、最終的な妥結額がNODの当初提示額の10分の1程度まで抑えられれば上出来、という考え方があります。あくまで経験則であり、絶対的な基準ではありませんが、交渉のゴールをイメージするうえでの参考にはなります。

主要な指摘項目を反証によって却下できた段階では、残る細かな金額をめぐって追加の専門家費用や労力を投じ続けるよりも、早めに妥結を図るほうが合理的な場合もあります。費用対効果を冷静に見極めることが大切です。

早期妥結のリスク

一方で、安易な早期妥結には注意が必要です。十分な反証を行わないまま、早い段階から減額交渉ばかりに重点を置いてしまう、あるいはまともに反証できないまま調査が終わってしまうと、その後も「追徴で税金を取りやすい納税者」として目をつけられ、繰り返しターゲットにされる恐れがあります。反証すべきところはしっかり反証し、こちらが容易な相手ではないと示したうえで着地させることが、長い目で見た自社の防御につながります。

賄賂や非公式な金銭授受の打診への対応

フィリピンの税務調査の現場では、調査官側から非公式な金銭の授受、いわば賄賂やそれに近い性質の提案がなされる場面に遭遇することがあります。賄賂とまではいかなくても、それに近いニュアンスの打診を受けるケースもあります。

こうした提案には応じるべきではありません。仮にフィリピン国内での行為であっても、外国公務員への贈賄は日本の法律(不正競争防止法の外国公務員贈賄罪)でも処罰の対象となり得ます。フィリピンの法律はもちろん、日本の法律にも抵触する重大なリスクであることを、社内で明確に認識しておく必要があります。正規の手続きと反証・交渉によって対応するという原則を、現場の担当者にも徹底してください。

妥結から調査終結まで — ここまでやって完了

追徴額が妥結に至ったら、納付を行います。査定された不足税・加算税・利息や、和解金などの納付には、BIR Form 0605(Payment Form、納付書)を使用するのが一般的です。これは特定の申告書を持たない税・手数料・ペナルティを納付するための様式です。

ここで極めて重要な点があります。納付して終わり、ではありません。納付後に、BIRから調査の終結を示す書類を取得して、初めて税務調査対応は完了します。具体的には、次の書類です。

  • Termination Letter(調査終結通知) — 調査が終結したことを示す通知です。
  • Authority to Cancel Assessment(ATCA、査定取消権限書) — FLD/FANが発行された後、反証や交渉によって査定額の一部が取り消された場合に、その取り消された差額について発行される証明です(RMO No. 33-2018)。

これらの書類を取得せずに納付だけを済ませてしまうと、後日BIRが「調査はまだ続いている」として案件を蒸し返し、同じ件で再び調査・課税を行ってくる余地を残してしまいます。納付の事実だけでなく、BIR側が正式に「この件は終わった」と認めた書面を必ず受け取ること。ここまで完了させて、ようやく一連の税務調査対応が終わります。

やってはいけないこと

最後に、調査対応で避けるべき行動をまとめます。各段階の期限を徒過すること、要求されていない資料を安易に提出すること、調査官に不用意な供述をすること、十分な反証をしないまま全面的に対決姿勢を取る、あるいは逆に安易に妥結すること、そして賄賂など非公式な金銭授受の打診に応じることです。いずれも、結果として追徴額を膨らませたり、将来のリスクを高めたりする行動です。

おわりに

税務調査は、早い段階で根拠をもって反証し、現実的な落としどころを見極めて着地させることで、追徴額を大きく抑えられます。そして、妥結金額の納付にとどまらず、Termination LetterやATCAといった終結を示す書類を取得するところまでが、税務調査対応です。

次回(第5回)では、「税務調査が終わったら – 是正と再発防止策」と題して、ペナルティの計算や軽減手段(Compromise Settlement、Abatement)、そして同じ指摘を繰り返さないための社内体制の再整備について解説します。

当社では、フィリピンの会計・税務に精通したスタッフが、税務調査の初動対応からBIRとの交渉、終結書類の取得まで、日系企業の実務を一貫してサポートしています。調査対応にご不安のある方は、お気軽にご相談ください。

税務調査解説シリーズ

※本記事は執筆時点の法令・BIR通達および実務に基づいて作成しています。税率・手続き・期限は改正されることがあるため、最新情報はBIR公式サイトまたは専門家にご確認ください。