2026年6月11日、Philippine News Agencyは、BIRが「Qualified Domestic Minimum Top-Up Tax(適格国内ミニマムトップアップ税、以下「QDMTT」)」の導入に向けた準備を始めたと報じました。執筆時点では、BIRから本件に関する正式なリリースは出ておりませんが、PNAの他に複数の報道機関でも報じられており、具体的な動きがあるのは間違いないようです。制度の詳細は、今後の法案審議や公式発表によって変わる可能性がある点にご留意ください。

本記事では、今回の報道でトピックとなっている「グローバル最低税」という制度がそもそも何なのか、フィリピンの現状、そして日系企業(特にPEZA登録企業)への影響について、できるだけ分かりやすく解説します。

グローバル最低税(GMT/BEPS Pillar Two)とは

「グローバル最低税(Global Minimum Tax、以下「GMT」)」という言葉を初めて聞く方も多いかもしれません。これは、OECD(経済協力開発機構)とG20が中心となって進めている国際的な税制改革「BEPS Pillar Two」の中核となる仕組みです。

簡単に言うと、「世界中で活動する大企業グループには、どの国で稼いだ利益についても、最低15%の税金を負担してもらう」というルールです。

これまで多くの国はでは、外国企業の誘致のために、法人税を大幅に免除・軽減する優遇措置を競うように導入してきました。フィリピンもその一つで、PEZA登録企業に対する法人所得税の免除(Income Tax Holiday)や、後述する5%の特別税制などが代表例です。

しかし、こうした「税の引き下げ競争」が行き過ぎると、各国の税収が失われるだけでなく、企業が実態のある事業活動よりも税負担の軽さを優先して投資先を決めてしまう、という弊害が指摘されるようになりました。そこで導入されたのが、GMTという「下限」のルールです。

GMTの対象となるのは、年間の連結売上高が7億5,000万ユーロ以上の多国籍企業グループです。対象企業グループは、事業を行う国ごとに「実効税率(Effective Tax Rate)」を計算します。実効税率とは、実際にその国で支払っている税金の負担率のことで、法定の税率とは必ずしも一致しません。優遇税制を利用している場合、実効税率は法定税率より低くなります。

ある国での実効税率が15%に届かない場合、その不足分(これを「トップアップ税」と呼びます)を、他の国(典型的には親会社の所在国)が代わりに課税できる、というのがGMTの基本的な仕組みです。つまり、フィリピンで税優遇を受けて節税できた分が、結果的に日本など他の国での追加課税によって相殺されてしまう可能性がある、ということです。

グローバル最低税に対するフィリピンの現状

フィリピンは長年、外国企業の誘致策として、PEZAやCREATE法(Corporate Recovery and Tax Incentives for Enterprises Act)に基づく税優遇措置を主要なツールとして活用してきました。代表的なものが、一定期間の法人所得税免除(ITH)や、その後に選択できる5%の特別法人所得税(SCIT、詳細は後述)です。

これらの優遇措置は、輸出型企業やシェアードサービスセンターなどの誘致において大きな効果を発揮してきました。しかし、GMTのルールの下では、こうした優遇措置によって実効税率が15%を下回る場合、その差額が他国に課税されてしまう可能性があります。

DOF(財務省)の推計によれば、GMTの枠組みが整備されていなかったことにより、フィリピンは2021年から2023年の間に約1,629億ペソの税収を他国に献上してしまった可能性があるとされています。これは、フィリピン国内で発生した利益に対する課税権の一部を、結果的に他国に渡してしまっていた、という見方によるものです。

このような状況を受けて、DOFは2024年頃から「QDMTT」と呼ばれる制度の法案づくりを進めてきました。QDMTTとは、上記の「他国に渡ってしまう差額分の税金」を、フィリピンが自国内で先に課税してしまう制度です。これにより、企業グループ全体で見た税負担の総額は基本的に変わらないものの、その税金の納め先がフィリピンになる、という点が大きな変化となります。

今回の改正案(QDMTT of 2026)の概要

今回のPNAの報道によれば、2026年6月3日、BIRのMendoza長官は、DOFのQDMTT担当チームおよび財政インセンティブ審査委員会(Fiscal Incentives Review Board)と会合を行い、「Qualified Domestic Minimum Top-Up Tax of 2026」と題された法案のドラフトについて、その骨子やフレームワークの説明を受けました。

会合では、制度の執行面、すなわち納税者からの申告の受け方、税務調査の進め方、組織としての対応能力の整備といった、実務的な論点が中心に話し合われたとのことです。その上で、BIR側のアクションポイントとして、以下のような項目が挙げられています。

  • BIR職員向けの専門研修プログラムの実施
  • QDMTT対応のための新しい税務申告フォームやコンプライアンス手続きの整備
  • QDMTTの運用を担う組織体制の構築

Mendoza長官は、「国際的な税制ルールが変化する中で、フィリピン国内で生まれた所得に対する課税権は、フィリピンが確実に確保できるようにしなければなりません」と述べており、この取り組みはBIRが進める税収確保・税源保護に関する施策(BIR DARES)の一環として位置づけられています。

なお、報道によれば、DOFはこのQDMTT法案について、2027年1月1日の施行を目標としているとのことです。ただし、執筆時点ではあくまでドラフト段階であり、国会での審議を経て成立する必要があります。今後、内容やスケジュールが変更される可能性がある点はご留意ください。

対象となり得る企業

前述のとおり、GMT/QDMTTの対象となるのは、年間の連結売上高が7億5,000万ユーロ以上(現在のレートで概算すると、日本円でおよそ1,200億円規模)の多国籍企業グループに限られます。DOFの推計では、フィリピンで事業を行っている多国籍企業は1,100社以上にのぼり、そのうち約531社がGMTの適用範囲に入る可能性があるとされています。

対象となりやすいのは、PEZAやBOI(投資委員会)などの投資奨励機関から税優遇を受けて事業を行っている、輸出型の製造業、BPOなどです。これらの企業は、優遇税制によって実効税率が大きく下がっている場合が多いため、QDMTTの議論において特に注目されています。

一方で、対象はあくまで「連結売上高7億5,000万ユーロ以上」のグループに限られるため、それより規模の小さい中小企業や、単独で進出している中小規模の現地法人については、現時点では直接の対象となる可能性は低いと考えられます。

想定される日系企業への影響

フィリピンに進出している日系企業のうち、親会社の連結売上高がGMTの対象基準(7億5,000万ユーロ以上)に達するグループに属している場合、フィリピン子会社の実効税率がどのように算定されるかが重要なポイントになります。

GMTのルール上、フィリピンでの実効税率が15%未満であれば、その差額は本来、いずれかの国で「トップアップ税」として課税されることになります。日本もGMT関連の制度整備を進めているため、フィリピンでQDMTTが導入されていない場合、その差額が日本側で課税される可能性があります。

QDMTTが導入されれば、その差額分はフィリピン国内で先に課税されることになります。グループ全体で見た税負担の総額が大きく変わるわけではない、という整理が基本にはなりますが、納税先がフィリピンに変わることで、フィリピン子会社レベルでのキャッシュフローや、現地での税務コンプライアンス対応(申告書の作成、税務調査への対応など)の負担が増える可能性があります。

PEZA登録企業のSCIT5%と、今回の15%の違い

PEZA登録企業の優遇税制の中でも特によく利用されているのが、SCIT(Special Corporate Income Tax、特別法人所得税)と呼ばれる5%の税制です。これは、輸出型のPEZA登録企業が、法人所得税免除(ITH)の期間終了後に選択できる優遇措置の一つで、「売上総利益(Gross Income、売上から原材料費や直接人件費などの直接費用を差し引いた額)」の5%を、本来の法人所得税や地方税などの代わりにまとめて納付するという仕組みです。手続きが簡素である点も、企業にとって大きなメリットとなっています。

ここで注意したいのは、QDMTTで基準となる「15%」と、SCITの「5%」は、似たような数字でありながら、計算の前提が全く異なるという点です。

SCITの5%は、「売上総所得」に対する税率です。一方、QDMTT/GMTの基準である15%は、GloBEルール(GMTの算定ルール)に基づいて調整された「所得」に対する「実効税率」であり、算定方法も対象となる所得の範囲も異なります。両者を単純に比較することはできません。

とはいえ、SCIT5%を適用している企業は、形式的に見れば法人税相当の負担率が15%を大きく下回ることになります。そのため、その企業が属するグループがGMTの対象範囲に含まれる場合には、実効税率が15%に届かない部分について、QDMTTによるトップアップ課税の対象となり得る、という点は理解しておく必要があります。

なお、国際的には、こうした優遇税制をGMTの枠組みの中でも有効に機能させるための「適格な税優遇措置(Qualified Tax Incentives)」のあり方についても議論が進められています。これは、雇用や設備投資など実態のある経済活動に紐づいた優遇措置であれば、実効税率を計算する際に有利に働くように設計する、という考え方です。フィリピンの優遇税制が今後どのように見直されていくかについても、今後の議論の行方が注目されます。

改正の動きに関する現状と今後の見込

現時点(2026年6月)では、「Qualified Domestic Minimum Top-Up Tax of 2026」法案はまだドラフトの段階にあり、国会への提出や審議のスケジュールは確定していません。報道によれば、DOFは国会に対して法案の早期審議・通過を働きかけているとのことです。

DOFが目標としているのは2027年1月1日の施行ですが、法案の内容や施行時期は、今後の国会での審議状況によって変更される可能性があります。現段階では、BIR側が制度の運用に向けた職員研修やシステム整備などの準備を先行して進めている、という段階にとどまります。

おわりに

今回ご紹介したQDMTTは、フィリピンが国際的な税制の潮流に合わせて、自国の税収を確保するための制度です。直接の対象となるのは一定規模以上の多国籍企業グループに限られますが、今後の法案審議の中で、PEZAなどの既存の優遇税制の見直しに発展していく可能性もあり、フィリピンに進出されている日系企業にとっては、引き続き注目しておきたいテーマです。

特に、PEZA登録を検討されている企業や、グループ全体の規模が大きい企業の皆様におかれては、今後の法案の動向や、ご自身のグループがGMTの対象に含まれるかどうかについて、早めに情報収集を始めておくことをお勧めします。