フィリピンで法人を設立する際、「資本金をいくらに設定すればよいか」という質問は非常によく受けます。日本と同じ感覚で考えると、外資規制や実務上の落とし穴にはまることがあります。この記事では、フィリピン会社法が定める資本金の基本的な概念から、設立時に必ず押さえておきたいポイントまでを整理します。
3種類の資本金
フィリピンの改正会社法(Revised Corporation Code)では、資本金が以下の3種類に区分されています。それぞれの定義と関係性を正確に理解することが、適切な資本金設計の第一歩です。
Authorized Capital(授権資本金)
定款で定めた、会社が発行を許可された株式の総額または株式数の上限を指します。実際にすべてを発行する必要はなく、将来の資金調達に備えた「発行枠」として機能します。
注意すべき点は、授権資本金の枠を超えた増資を行う場合、定款変更とSECへの変更申請が必要になることです。この手続きには数か月を要することもあるため、設立当初から将来の増資可能性を見越して、余裕のある金額で授権資本金を設定しておくことが実務上の定石です。
なお、授権資本金の額に応じて、SECへの登録手数料として授権資本金額の0.2%(最低₱2,000)を納付する必要があります。無制限に大きく設定すると手数料も増えるため、将来的に現実的に必要となる上限額を見積もって設定するのが理想的です。
Subscribed Capital(引受資本金)
株主が購入を引き受けた株式の総額を指します。会社が発行した株式のうち、投資家・株主が取得の意思を示して割り当てを受けた部分です。実際の払い込みが完了していない段階でも、引き受けを合意した時点で引受資本金として計上されます。
なお、払い込みが完了していない株式については株券が発行されません。敢えて払い込みを遅らせるメリットは特段ないため、実務上は引受資本金と払込資本金は同額になることがほとんどです。
Paid-In Capital(払込資本金)
Paid-Up Capitalとも呼ばれ、株主が実際に会社に払い込んだ金額を指します。運転資金や事業拡大の原資として会社に組み込まれた資金であり、外資規制における最低資本金要件の基準となるのもこの払込資本金です。
資本金設定時に留意すべきこと
資本金の設定は、単に法定の最低額をクリアすればよい問題ではありません。外資規制上の要件と、実際の事業運営に必要な運転資金、この2つの軸から検討することが不可欠です。
外資規制に伴う出資比率と最低払込資本金
外国資本が参入する場合、大きく分けて2つの規制をクリアする必要があります。①業種ごとの出資比率の制限と、②最低払込資本金額の要件です。
業種ごとの出資比率の制限
外国資本の出資比率は、業種によって上限が定められています。以下は代表的な規制業種の一覧です。
| 規制対象の代表的な業種 | 出資比率の上限 | 備考 |
|---|---|---|
| 国内及び国外向け雇用斡旋 | 25% | |
| 広告 | 30% | |
| 土地保有 | 40% | |
| 公益事業の運営 | 40% | 上下水道、電力、鉄道、空港、有料道路、通信等 |
| 建設 | 40% | 民間の建設事業に参画する場合 |
| 教育機関 | 40% | 正規の教育システム以外の短期能力開発事業は除く(日本向けオンライン英会話等) |
| マッサージ、サウナ等 | 40% | 公衆衛生・公序良俗に悪影響を与えるものは除く |
※規制対象業種の詳細は「Foreign Investment Negative List(外国投資ネガティブリスト)」を参照。ネガティブリストは数年おきに更新され、本記事執筆時点(2026年)では第13次ネガティブリスト(Executive Order No. 175)が最新版です。規制業種に該当しない場合は、原則として外国資本100%可能です。
最低払込資本金
外資規制のある会社が満たすべき最低払込資本金は、事業形態によって異なります。
| 分類 | 最低払込資本金 | 備考 |
|---|---|---|
| 国外市場向け(輸出型) | ₱5,000 | 売上・サービス提供の60%以上が国外向けの場合(=国内向けが40%未満) |
| 国内市場向け | US$200,000 | 売上・サービス提供の60%以上が国内向けの場合(=国内向けが40%以上) |
| 小売(外資40%以上) | ₱25,000,000 | 飲食業も含む |
| 小売(外資40%未満) | 規制無し | 飲食業も含む |
| 国外市場向け支店 | ₱5,000 | 資本金ではなく初期送金額 |
| 国内市場向け支店 | US$200,000 | 資本金ではなく初期送金額 |
| 駐在員事務所 | US$30,000 | 資本金ではなく初期送金額 |
運転資金としての資本金
外資規制の要件を満たすだけでは不十分です。設立直後は売上が立つまでに時間がかかることが多く、家賃・人件費・各種手続き費用などの支出が先行するのが一般的です。これらを賄う運転資金は、親子ローンなど別途の資金調達手段を用いる場合を除き、基本的には資本金が原資となります。
設立前に当面(少なくとも6〜12か月分)のキャッシュフロー計画を立て、余裕を持った資本金を設定することを強くお勧めします。後から資本金を積み増すことは可能ですが、手続きの手間とコストがかかります。最初に適切な金額を設定しておくほうが、結果的にスムーズな事業立ち上げにつながります。
増資の手続き
運転資金の不足が見込まれる場合や、事業拡大のための資金が必要になった場合には、増資によって対応することができます。増資の方法は、授権資本金の枠内で行うか、授権資本金自体を変更するかによって、手続きの難易度が大きく異なります。
授権資本金枠内での増資
授権資本金に空き枠がある場合、その範囲内での増資は比較的シンプルです。定款の変更は原則不要で、取締役会の決議のみで増資を実行できます。機動的な資金調達が可能なため、将来の増資可能性がある場合には、設立時に授権資本金を余裕を持って設定しておくことが有効な対策です。
授権資本金の変更を伴う増資
授権資本金の枠を超えて増資する場合は、株主総会での特別決議と定款の変更が必要になります。定款変更はSECへの申請・承認が必要で、承認が下りるまでには数か月を要することが一般的です。事業上の緊急性がある場合には間に合わないケースもあるため、できる限り設立時に十分な授権資本金を確保しておくことが重要です。
なお、授権資本金の変更を伴う増資を行う場合、増加後の授権資本金のうち少なくとも25%が引き受けられ、その引受額の少なくとも25%(最低₱5,000)が実際に払い込まれていることが、改正会社法上の要件となっています。この要件は設立時ではなく増資時に適用されるものです。
おわりに
フィリピンの資本金設定は、外資規制をクリアしつつ、事業の実態に合った金額を設定するという、バランスの難しい判断を伴います。業種や事業規模によって最適解は異なりますので、設立前に専門家に相談されることをお勧めします。資本金の設計を含む法人設立のご相談は、お気軽に当社までお問い合わせください。