フィリピンで株式や不動産を売買する場面において、見落としがちながら無視できない税金が Capital Gains Tax(キャピタルゲイン税)です。法人税や付加価値税のように日常的に意識する税金ではありませんが、M&Aや拠点の移転・整理、不動産の取得・売却といった場面では必ず検討が必要になります。課税を見落としたままで取引を進めてしまうと、申告漏れや追徴課税のリスクにもつながりますので、基本的な仕組みをしっかり理解しておくことが重要です。

キャピタルゲイン税とは

キャピタルゲイン税とは、保有する資産を売却して得た利益(キャピタルゲイン)に対して課される税金です。フィリピンにおけるキャピタルゲイン税の最大の特徴は、「分離課税」である点です。法人税や個人所得税とは切り離して、取引の時点で課税関係が完結します。そのため、たとえ法人であっても、資産の売却益をそのまま法人税の課税所得に含めて申告するのではなく、別途キャピタルゲイン税として申告・納付することになります。

ただし、フィリピンのキャピタルゲイン税はすべての資産売却に適用されるわけではありません。課税対象となるのは、主に以下の3つの資産区分に限られます。通常の事業活動の中で販売される棚卸資産や、事業用固定資産の売却は原則として通常の法人税の課税所得として扱われますので、この点は混同しないよう注意が必要です。

資産区分別の税率と課税標準

非上場株式の売却

フィリピン国内法人の非上場株式を売却した場合、売却益(売却価格から取得原価を差し引いた金額)に対して15%のキャピタルゲイン税が課されます。売却益が発生しない場合、原則として課税されません。

ただし実務上、注意が必要なのは「みなし売却価格」の問題です。BIRは、株式の売却価格が公正市場価値(Book Value等を参照)を下回ると判断した場合、公正市場価値を課税標準として課税することがあります。実際の売買価格が帳簿価格を大きく下回る場合には、事前に税務上の影響を確認しておくことをお勧めします。

上場株式の売却(株式取引税)

上場株式の売却については、厳密にはキャピタルゲイン税ではなく、Stock Transaction Tax(株式取引税)という別の税目が適用されます。ただし実務上は「上場株式のキャピタルゲイン税」として扱われることが多いため、ここで合わせてご説明します。

税率は売却額に対して0.6%です。非上場株式とは異なり、売却益の有無にかかわらず、売却額そのものに課税される点が特徴です。また申告・納付は、証券会社が売却時に源泉徴収して納付する仕組みになっているため、売主側が個別に申告手続きを行う必要は原則としてありません。

不動産の売却

フィリピン国内に所在する不動産(土地・建物)を売却する場合、以下の3つの価格のうち最も高い金額を課税標準として、6%のキャピタルゲイン税が課されます。

  • 実際の売買価格(Selling Price)
  • BIRが定める地区別公示地価(Zonal Value)
  • 地方自治体(LGU)の固定資産評価額(Assessed Value)

非上場株式と異なり、実際の売却益が発生しているかどうかにかかわらず課税される点に注意が必要です。たとえ取得原価を下回る価格で売却した場合であっても、上記の課税標準のうち最も高い金額に対して6%が課されます。

なお、法人が不動産を売却する場合、その不動産が「通常の事業活動の中で販売される資産」(いわゆる棚卸資産としての不動産)に該当するかどうかによって、キャピタルゲイン税ではなく通常の法人税の対象となるケースもあります。不動産業・デベロッパーなど、不動産の売買を本業とする法人については取り扱いが異なりますので、個別にご確認ください。

申告・納付の手続き

非上場株式の場合

非上場株式の売却については、売主が自ら申告・納付を行います。使用するフォームは、個人の場合はBIR Form 1707、法人の場合はBIR Form 1707-Aです。申告・納付の期限は、売却契約締結日から30日以内です。

上場株式の場合

前述のとおり、証券会社が売却時に源泉徴収・納付するため、売主側の個別申告は原則として不要です。

不動産の場合

不動産の売却については、売主が自ら申告・納付を行います。使用するフォームはBIR Form 1706です。申告・納付の期限は、売買契約締結日または不動産の引渡し日のいずれか早い日から30日以内です。

納税が完了すると、BIRからCertificate Authorizing Registration(以下「移転登記許可証」)が発行されます。この書類は、Land Registration Authority(土地登記局)での所有権移転登記に不可欠なものです。移転登記許可証が発行されないと登記手続きが進められないため、買主の立場からも、売主側のキャピタルゲイン税の申告・納付が適切に行われているかどうかを確認しておくことが実務上の重要なポイントです。

日比租税条約に基づく免税の可能性

フィリピンで生じたキャピタルゲインに対しては、日比租税条約の適用により課税を免除できる余地があります。具体的には、フィリピン法人の株式を日本の法人または個人が売却した場合、一定の要件を満たせば、フィリピン側でのキャピタルゲイン税が免除される可能性があります。

ただし、この免税規定には重要な例外があります。売却対象となる会社の資産の一定割合以上が不動産によって構成される場合、租税条約上の免税が適用されません。このような会社は、Real Property Holding Company(不動産保有会社)または「不動産化体株式」の発行会社と呼ばれます。日比租税条約では、資産の50%超が不動産で構成される会社の株式については、フィリピン側での課税権が留保されており、条約上の免税特典を援用することができません。

M&Aや株式売却を検討する際には、売却対象会社の資産構成を事前に確認し、不動産化体株式に該当するかどうかを判断することが不可欠です。

なお、租税条約上の特典を受けるためには、BIRに対してTax Treaty Relief Application(租税条約軽減申請)の手続きを行い、Certificate of Entitlement to Treaty Benefit(租税条約特典適格証明書)を取得することが求められます。自動的に免税が適用されるわけではない点にご注意ください。

実務上の注意点

申告期限の短さに注意する

キャピタルゲイン税の申告・納付期限は、取引日または契約締結日から30日以内と非常に短期間です。取引の交渉・契約と並行して、税務対応の準備を進めておくことが重要です。特に不動産取引では、買主・売主の双方が関与する手続きが多く、余裕を持ったスケジュール管理が求められます。

課税標準はZonal Valueが基準になることが多い

不動産売却では、実際の取引価格よりもBIRのZonal Value(地区別公示地価)の方が高いケースが珍しくありません。売却価格が市場価格より低くても、Zonal Valueに基づいて課税されるため、取引価格の設定前にZonal Valueを確認しておくことをお勧めします。

M&Aにおけるスキームの影響

M&Aの場面では、「株式譲渡」か「事業譲渡」かによって、キャピタルゲイン税の有無や税負担が大きく変わります。株式譲渡の場合は非上場株式のキャピタルゲイン税が適用されますが、事業譲渡(個別資産の移転)の場合は、移転される資産の種類によって課税関係が異なります。スキームの選択段階から税務上の影響を慎重に検討することが重要です。

おわりに

キャピタルゲイン税は、日常的な経理業務では意識する機会が少ない税目ですが、株式売買・不動産取引・M&Aといった場面では、税負担の多寡に直結する重要な論点です。課税標準の考え方、申告期限の短さ、日比租税条約の適用可否など、検討すべき事項は多岐にわたります。取引の検討段階から税務上の影響をシミュレーションしておくことで、想定外のコストを避けることができます。キャピタルゲイン税の取り扱いにご不明な点がある場合は、お気軽に当社までご相談ください。