フィリピンには、一定の範囲内であれば従業員に支給しても税金がかからない手当があります。少額非課税手当(De Minimis Benefit)と呼ばれるもので、お米手当や洗濯手当、医療費の補助などが該当します。

同じ金額を従業員に渡すのでも、基本給として払えば所得税と社会保険料の対象になりますが、この手当として払えば、その分は課税されません。会社の負担も従業員の手取りも変わってきます。上限額は2026年1月に引き上げられており、使える幅が以前より広がりました。

少額非課税手当(De Minimis Benefit)とは

従業員の健康や生活を支えるために会社が支給する、比較的少額の手当のことです。上限額の範囲内であれば、個人所得税も、給与からの源泉徴収税も、付加給付税(Fringe Benefit Tax)もかかりません。

大事なのは、BIRが定めたリストに載っている手当だけが対象という点です。「少額だから」「福利厚生だから」という理由では非課税になりません。リストにない名目で支給すれば、金額が小さくても給与所得として課税されます。

実務でよく誤解されるのが交通費手当と通信費手当です。フィリピンでは従業員の負担が大きい費目ですが、少額非課税手当のリストには入っていません。定額で毎月支給すれば、課税対象の給与になります。ただし、業務で実際に使った分を領収書に基づいて精算する形であれば、給与ではなく会社の経費として処理できる余地があります。

対象項目と上限額の一覧

対象となるのは次の11項目です。2026年1月に上限額が引き上げられているため、改正前の金額とあわせて示します。

項目改正前2026年1月〜
a. 未消化の有給休暇の買取(民間企業の従業員)年10日分まで年12日分まで
b. 有給休暇・病気休暇の買取(政府職員)全額全額
c. 従業員の扶養家族向け医療費現金手当半期₱1,500(月₱250)半期₱2,000(月₱333)
d. お米手当月₱2,000月₱2,500、または50kg入り米1袋
e. ユニフォーム・衣服手当年₱7,000年₱8,000
f. 医療費の実費補助年₱10,000年₱12,000
g. 洗濯手当月₱300月₱400
h. 従業員表彰年₱10,000相当年₱12,000相当
i. クリスマス・記念日のギフト年₱5,000年₱6,000
j. 時間外・深夜勤務時の日次食事手当地域最低賃金日額の25%地域最低賃金日額の30%
k. 団体交渉協約(CBA)・生産性向上奨励制度による報奨両者合計で年₱10,000両者合計で年₱12,000

※ j.の食事手当は、勤務地の最低賃金によって金額が変わります。マニラ首都圏(NCR)の場合、非農業部門の日額最低賃金は₱695ですので、1日あたり₱208.50が上限です。なお、2026年7月25日から₱755への引き上げ(この場合は₱226.50)が予定されていましたが、7月30日に裁判所の差止命令が出て実施が止まっています。確定するまでは₱208.50で運用しておくと、後から遡って課税される事態を避けられます。地方は最低賃金が異なるため、各地域の賃金委員会の決定をご確認ください。

a. 未消化有給の買取は、管理職・一般職を問わず、年12日分までは非課税で支給できます。一方、病気休暇(sick leave)の買取は対象外です。会社が任意に病気休暇の買取制度を設けても、その支払いは課税対象になります。買取が非課税になるのは有給休暇のみ、と覚えてください。

h. 従業員表彰には3つの条件があります。現金と商品券は不可で、記念品などの現物で渡すこと。あらかじめ書面化された表彰制度に基づいて支給すること。そして、給与の高い従業員を優遇する内容でないこと。勤続表彰や無事故表彰が典型例です。現金で渡すと非課税にはなりません。

c. 扶養家族向け医療費現金手当は、半期ごとに₱2,000という上限です。毎月₱333ずつ支給しても、半年分をまとめて₱2,000支給しても構いません。

₱90,000の非課税枠との関係

フィリピンには、13ヶ月目給与とその他の手当について年間₱90,000までを非課税とする枠があります。少額非課税手当は、この枠とは別枠です。上限内に収まっている限り、₱90,000の枠を減らしません。

上限を超えた場合はどうなるか。超えた部分だけが「その他の手当」として₱90,000の枠に包含されます。たとえばお米手当を月₱3,000支給すると、上限を超える月₱500、年₱6,000がこの枠に入ります。13ヶ月目給与とあわせて₱90,000に収まっていれば、結果として税金はかかりません。課税所得を計算する順序は次のとおりです。

  1. 総所得(基本給、賞与、各種手当)
  2. 従業員負担の社会保険料(SSS/PhilHealth/Pag-IBIG)を差し引く
  3. 上限内の少額非課税手当を差し引く
  4. 13ヶ月目給与とその他の手当のうち₱90,000までを差し引く
  5. 残った金額に個人所得税率をかける

なお、管理職への支給で上限を超えた分について、フリンジベネフィット税の対象とする見解もあります。非課税枠の適用を念頭に置いた手当が前提であれば、非課税枠を超過しないように設計するのが無難です。

現実的に、年間いくらまで使えるのか

上限額を全部足すといくらになるのか。ここが実務担当者にとって一番知りたいところだと思います。ただし、項目によって導入の手間が大きく違います。毎月定額を配れば済むものもあれば、社内でルールや制度を整えないと非課税として認められないものもあります。導入しやすい順に3段階で整理します。

ステップ1:定額で支給できる項目

規程に金額を書いて、毎月または年1回支給するだけで済む項目です。

項目月額年額
お米手当₱2,500₱30,000
洗濯手当₱400₱4,800
扶養家族向け医療費現金手当₱333₱4,000
ユニフォーム・衣服手当₱666₱8,000
クリスマス・記念日のギフト₱6,000
小計約₱4,400₱52,800

ユニフォーム・衣服手当は年1〜2回まとめて支給するのが一般的です。月額欄は年間上限を12で割った参考値です。

ステップ2:精算ルールが必要な項目

項目月額年額
医療費の実費補助₱1,000₱12,000
時間外・深夜勤務時の食事手当実績による実績による
累計約₱5,400+₱64,800+

医療費の実費補助は、定額を渡す手当ではありません。従業員が実際に負担した医療費を領収書に基づいて精算する制度です。対象範囲と申請方法を決めておく必要があり、そのまま定額で配ると非課税として扱えなくなります。食事手当も、実際に残業や深夜勤務があった日にのみ支給する運用が前提です。

ステップ3:制度の設計が必要な項目

項目月額年額
従業員表彰₱1,000₱12,000
生産性向上奨励制度による報奨₱1,000₱12,000
累計約₱7,400+₱88,800+

いずれも書面化された制度があることが条件です。月額欄はあくまで年間上限を12で割った参考値で、実際には年1回の支給になります。このほか、未消化有給12日分の買取が上乗せできます。ステップ2・3の項目をどう設計するかは後述します。

月給₱30,000の従業員にとって、年₱64,800は基本給の2ヶ月分を超える金額です。これが丸ごと非課税で渡せる枠だと考えると、有効活用しない手はありません。

数値シミュレーション:基本給で払う場合との比較

仮にステップ2までの年₱64,800を従業員に渡すとして、①基本給に上乗せして払う場合と、②少額非課税手当として払う場合を比べます。

前提は2026年時点の税率・料率です。個人所得税はTRAIN法に基づく税率、SSSは料率15%(従業員負担5%)で算定基礎の上限₱35,000、PhilHealthは料率5%(労使折半)で上限報酬₱100,000、Pag-IBIGは従業員負担月₱200。13ヶ月目給与は基本給1ヶ月分としています。

モデル1:月額基本給₱30,000の従業員

比較項目①基本給で払う②手当で払う
基本給(年12ヶ月)₱424,800₱360,000
13ヶ月目給与₱35,400₱30,000
少額非課税手当₱64,800
支給総額₱460,200₱454,800
社会保険料(従業員負担)△₱34,020△₱29,400
₱90,000枠による非課税△₱35,400△₱30,000
少額非課税手当の非課税△₱64,800
課税所得₱390,780₱330,600
年間所得税△₱21,117△₱12,090
従業員の年間手取り₱405,063₱413,310
会社の年間人件費₱515,220₱502,200

同じ₱64,800を渡すのに、②のほうが従業員の手取りは年₱8,247多く、会社の負担は年₱13,020少なくなります。理由は3つあります。手当が非課税なので所得税が増えないこと。基本給が上がらないので13ヶ月目給与が増えないこと。そして、社会保険料の計算のもとになる金額が増えないことです。

なお①では13ヶ月目給与が₱35,400に増えていますが、₱90,000の枠に収まっているため、この増加分にも税金はかかりません。

モデル2:月額基本給₱100,000の従業員

比較項目①基本給で払う②手当で払う
基本給(年12ヶ月)₱1,264,800₱1,200,000
13ヶ月目給与₱105,400₱100,000
少額非課税手当₱64,800
支給総額₱1,370,200₱1,364,800
社会保険料(従業員負担)△₱53,400△₱53,400
₱90,000枠による非課税△₱90,000△₱90,000
少額非課税手当の非課税△₱64,800
課税所得₱1,226,800₱1,156,600
年間所得税△₱209,200△₱191,650
従業員の年間手取り₱1,107,600₱1,119,750
会社の年間人件費₱1,444,600₱1,439,200

この給与水準では13ヶ月目給与が₱90,000の枠を超えており、超過分は課税対象になります。①で基本給を上げると、超過分がさらに増えます。こちらは従業員の手取り差が年₱12,150と、モデル1より大きくなります。この給与水準では所得税率が25%になるためです。

一方、会社側の差は₱5,400にとどまります。給与が高いとSSSもPhilHealthも上限に達しており、基本給を上げても社会保険料が増えないからです。給与の低い層では会社のコスト削減効果が大きく、高い層では従業員の手取り増が大きい、と整理できます。

ステップ2・3の項目をどう設計するか

先ほど分けたステップ2・3の4項目について、規程に盛り込む内容を挙げます。ステップ1の定額項目と違い、ここは社内のルールづくりが前提になります。

医療費の実費補助(年₱12,000)

定額支給ではなく実費精算です。決めておく事項は次のとおりです。
※使い切れなかった枠を年末に現金で渡すと、実費補助ではなくなり課税対象の手当になります。

  • 対象範囲:本人の外来診療費、処方薬代、健康診断、歯科治療、出産関連費用、予防・健康促進関連費用(サプリメント)など、どこまで含めるかを列挙する
  • HMO(民間医療保険)に加入している場合、自己負担分を対象にするかどうか
  • 申請方法:領収書の原本添付、申請書の様式、申請の締切(毎月末まで、など)
  • 従業員ごとの年間消化額を管理する台帳

時間外・深夜勤務時の食事手当(NCRで1日₱208.50)

  • 支給条件:所定労働時間を何時間超えた場合に支給するか、深夜勤務は何時以降を対象とするか
  • 支給方法:弁当などの現物支給か、現金支給か。現金なら日額上限を規程に明記する
  • 勤怠記録との紐付け:残業申請が承認された日にのみ支給する運用にする

残業の有無にかかわらず全員に毎月一律で払うと、この項目には当てはまらず、通常の課税対象の手当になります。

従業員表彰(年₱12,000相当)

書面化された表彰制度があることが条件です。

  • 表彰の基準:勤続5年・10年などの節目、無事故記録、業務改善提案の採用など、客観的な基準を定める
  • 選定の手続き:誰が推薦し、誰が決定するか
  • 賞品:記念品、腕時計、家電、カタログギフトなどの現物。現金と商品券は不可
  • 全従業員に同じ基準を適用する(給与の高い従業員を優遇する制度にしない)

生産性向上奨励制度による報奨(CBAと合計で年₱12,000)

労働組合や団体交渉協約(CBA)がない会社でも、生産性向上奨励制度(productivity incentive scheme)を作れば使えます。CBAに基づく給付がある場合は、それと合算して年₱12,000が上限になります。

  • 指標の設定:生産量、不良率、納期遵守率、部門売上など、測定できる指標を選ぶ
  • 達成度に応じた報奨額を書面で定める
  • 個人の勤務評価に対する通常の賞与とは区別し、会社または部門の生産性指標に紐づける設計にする

実務上の注意点

社内規程に書いておく

支給根拠となる社内規程がないまま手当として払っていると、税務調査で給与とみなされ、源泉徴収漏れとして追徴課税と加算税を受けることがあります。お米手当や洗濯手当のような定額項目も含め、就業規則または給与規程に、対象者、金額、支給時期を書いておいてください。

領収書、申請書、表彰の決定記録といった証憑も、あわせて保存しておく必要があります。規程はあっても実際に支給した記録が追えなければ、調査の場で説明できません。

給与台帳で区別して管理する

支給していても、給与台帳や年末の帳票に反映されていなければ、調査の場で「非課税枠内で払っていた」と説明しづらくなります。給与計算ソフトで少額非課税手当を独立した項目として設定し、課税対象の手当と分けて集計しておくのが基本です。

一度始めた手当は簡単にやめられない

税務とは別に、労働法の論点があります。フィリピン労働法典第100条は、すでに与えている待遇を引き下げたり廃止したりすることを禁じています。長期間にわたって継続的に支給してきた手当は従業員の既得権益となり、会社が一方的に打ち切れなくなります。

将来、税制が変わったり業績が悪化したりして手当を維持できなくなったときに、これが問題になります。導入する時点で、この手当が税法上の非課税枠を前提としたものであること、会社の判断で見直す余地があることを規程に書き込んでおくと、後の選択肢が残ります。

上限が上がっても自動では増えない

上限額が引き上げられても、社内規程の金額を書き換えなければ支給額は増えません。お米手当を月₱2,000と定めている会社は、₱2,500に改定する手続きが必要です。裏を返せば、規程を見直さない限り、広がった非課税枠を使い切れないままになります。

おわりに

1項目あたりの引き上げ幅は月数百ペソですが、項目を組み合わせて年換算し、従業員数を掛ければ、それなりの規模になります。すでに手当制度がある会社は上限額の見直しを、まだない会社は次の昇給を考える段階で、この枠をどこまで使うかを一度整理する価値があります。

本記事の税率・上限額は2026年8月時点のものです。最低賃金や社会保険料率は改定が頻繁なため、最新の情報はBIRおよび各機関の公式サイトでご確認ください。給与規程の設計から給与計算への反映、年末調整までの対応については、当社までお気軽にご相談ください。