フィリピン法人を設立するとき、資本金や業種と並んで早い段階で決めなければならないのが役員の顔ぶれです。2019年の改正会社法で取締役の人数要件は大きく緩みましたが、その一方で「社長・会社秘書役・財務役」という3つの法定役員には、国籍や居住地に関する要件が現在も残っています。
この記事では、取締役と法定役員それぞれの要件、外資規制業種で生じる制約、そして日系企業がつまずきやすい会社秘書役と財務役の確保について説明します。
取締役(Board of Directors)
改正会社法による要件の緩和
かつてのフィリピン会社法には、取締役は5名以上15名以下で構成し、その過半数はフィリピン居住者でなければならないという規定がありました。日本から進出する企業にとっては、事業を始める前にフィリピン在住の役員候補を複数見つけなければならず、これが実務上の重い負担になっていました。
2019年に施行されたRevised Corporation Code(改正会社法)で、この2つの制約はいずれも外れました。取締役の上限は15名のまま据え置かれましたが、下限の5名という縛りと、過半数がフィリピン居住者でなければならないという要件は撤廃されています。日本の親会社の役員だけで取締役会を構成することも、制度上は可能になりました。
ただし、下限が「1名」になったわけではない点には気をつけてください。通常の株式会社(Regular Corporation)は発起人が2名以上必要とされているため、取締役も2名以上を置くことになります。1名で設立できるのは、同じ改正で新設されたOne Person Corporation(一人会社。以下「一人会社」)だけです。一人会社は株主が1名の法人形態で、取締役会を置かない代わりに、株主本人が取締役兼社長となります。
実務上の取締役数
通常の株式会社では、2名から5名程度に設定される例が多く見られます。取締役会決議で可否が割れる事態を避けるため、3名や5名といった奇数にすることも一般的です。
人数を増やすと、取締役会を開くたびに全員の予定を押さえる必要が生じ、取締役を交代させる際にもSECへの届出と株式の移転手続きが発生します。意思決定の速さと事務負担の軽さを優先し、必要最小限にとどめるのが実務上の落としどころです。
外資規制業種における取締役の構成
製造、卸売、輸出、BPO、コンサルティングなど、日系企業の進出先として一般的な業種の多くは外資規制の対象外です。自社がこれらに当てはまるのであれば、この節は読み飛ばしていただいて差し支えありません。
一方で、フィリピンでは憲法や個別法によって外国資本の出資比率に上限が課されている業種があり、対象業種はForeign Investment Negative List(外資規制業種リスト)にまとめられています。このリストは数年ごとに改定されており、直近では2026年4月に第13次リストが発効しました。過去の資料をもとに判断すると結論が変わっている可能性があるため、必ず最新版で確認してください。
規制業種では、取締役の構成にも制約がかかります。Anti-Dummy Law(ダミー防止法)により、取締役に占める外国人の割合は、その業種で認められている外国資本の出資比率の上限を超えてはならないとされています。
外資上限40%の業種
教育機関(宗教法人・ミッション系や短期の技能訓練を除く)、土地の所有、公共事業の運営などが該当します。小売業もこの区分で語られてきましたが、2022年の法改正で払込資本が₱25,000,000以上の小売企業は外資100%が可能となり、40%の上限がかかるのは払込資本₱25,000,000未満の場合に限られます。この点は2026年の第13次リストであらためて明記されました。
40%業種では、取締役における外国人の割合も40%までです。取締役を5名とするなら外国籍の取締役は2名まで、3名とするなら1名までとなります。
外資上限25%の業種
民間職業紹介機関・送り出し機関(Private Recruitment Agency)などが該当し、外資の上限は25%です。取締役に占める外国人の割合も25%までとなるため、取締役4名なら日本人は1名、5名なら計算上1名(20%)にとどまります。日系企業がフィリピンで送り出し機関を設立する場合、日本人が取締役に入れる枠は事実上1名に限られることが多く、誰をその1枠に充てるかを設立設計の早い段階で決めておく必要があります。
外資が認められない業種
マスメディア(録音・インターネット関連事業などの例外を除く)、警備業、協同組合などでは、外国資本の参入が認められていません。これらの業種では、外国人は取締役にも執行ポストにも就くことができません。
取締役の枠と執行ポストの制限は別の論点
ここで見落とされやすいのが、「外国人が取締役になれること」と「外国人が社長などの執行ポストに就けること」は別だという点です。ダミー防止法は、外資規制業種における外国人の経営・管理・運営への関与そのものを制限しており、取締役への比例枠での就任はその例外として認められている、という構造をとっています。
そのため、40%業種で日本人が取締役に2名入れるとしても、その日本人がそのまま社長に就任できるかどうかは別途検討を要します。技術的な職位については法務省(Department of Justice)の認可を得て外国人を配置できる制度がありますが、認可を要する範囲や運用は個別の判断になります。規制業種に進出される場合は、取締役の人数配分と執行ポストの割り当てを、設立前に法律事務所を交えて確認しておくことをおすすめします。
取締役の義務と責任
取締役は会社と株主に対して受託者としての立場に立ち、会社の利益を自身の利益に優先させる忠実義務と、その職位に求められる注意を払って職務にあたる善管注意義務を負います。改正会社法では、明らかに違法な行為に賛成した取締役や、重大な過失によって会社に損害を与えた取締役は、会社や株主に対して連帯して損害賠償責任を負うと定められています。
日系企業で問題になりやすいのは、大きな不正よりも日常の運営です。親会社との取引価格を独立企業間価格から離れた水準に置いたまま放置する、実質的に休眠状態の法人で申告や年次報告を止めてしまう、といった状況が典型で、いずれも取締役の責任が問われうる場面です。名前を貸すだけのつもりで取締役に就任した駐在員が、後になって責任を問われる立場だったと気づく例もあります。
1株保有ルールと信託契約(Trust Agreement)
フィリピンの会社法には、取締役は自社の株式を1株以上保有していなければならないという規定があります。日本の親会社が100%出資する子会社であっても、取締役に就く個人は最低1株を自分の名義で持つ必要があります。
実質的な所有者はあくまで親会社ですから、実務上は当該取締役との間で信託契約(Trust Agreement)を結び、名義上の株主として株式を預ける形をとるのが一般的です。契約により、配当を受け取る権利や議決権の行使方法、退任時に株式を返還する義務を定めておきます。取締役が交代する際の株式移転もこの枠組みで処理するため、手続きが簡素になります。
ただし、この手法が問題なく使えるのは、外資規制の対象外の業種で、資格要件を満たすための1株を預ける場合に限られます。規制業種において、実質的には外国資本でありながらフィリピン人名義を使って出資比率を装う行為は、ダミー防止法が禁じるまさにその行為にあたり、罰則の対象です。名義の借用がどちらの目的なのかは、契約書の文言ではなく実態で判断されます。
法定役員(Corporate Officers)
取締役の要件が緩んだ一方で、法人運営で避けて通れないのがCorporate Officers(法定役員)の要件です。取締役会が会社の意思決定機関であるのに対し、法定役員は決定された方針に沿って日々の業務を執行する機関にあたります。取締役が株主総会で選任されるのとは異なり、法定役員は取締役会の決議によって選任されます。改正会社法は、最低限次の3つのポストを置くことを義務づけています。
President(社長)
対外的に会社を代表し、業務全般を統括します。必ず取締役の中から選ばれなければならず、取締役でない人物を社長に据えることはできません。国籍やフィリピン居住の有無は、外資規制業種を除いて問われません。
日本に居住したまま社長を務めることも制度上は可能です。ただし、SECへの提出書類、銀行口座の開設や変更、契約書など、社長の署名を求められる場面は設立後も繰り返し発生します。署名のたびに書類を日本へ送り、公証と認証を経て返送するとなると、1件あたり数週間を要することも珍しくありません。現地に常駐する人物を社長に据えるか、日本在住とするなら委任状の範囲をあらかじめ広めに設計しておくかを、設立時に決めておくと後が楽になります。
Corporate Secretary(会社秘書役)
SECへの各種報告、株主総会と取締役会の議事録の作成と保管、株式の異動を記録するStock and Transfer Book(株主名簿)の管理を担う、法務とコンプライアンスの要となる役職です。
要件は3つの法定役員のなかで最も厳しく、フィリピン国籍を持ち、かつフィリピンに居住している必要があります。日本人はこのポストに就けません。
Treasurer(財務役)
監査済財務諸表への署名が主な役割です。あわせて、税務申告書への署名権限を持ち、銀行口座に関する手続きにも関与します。設立時には、資本金が実際に払い込まれたことを証明するTreasurer’s Affidavit(財務役宣誓供述書)に署名する役割もあり、設立手続きの序盤で名前が必要になります。
要件はフィリピン居住者であることのみで、国籍は問われません。そのため、フィリピンに住む日本人駐在員でも就任できます。ただし、居住者であることを示すには就労ビザの取得が必要だと解釈されており、赴任した直後の段階では就任が認められない場合があります。
兼任のルール
相互牽制を働かせるため、社長が会社秘書役または財務役を兼任することは法律で禁じられています。一方、会社秘書役と財務役を同一人物が兼ねることは認められています。取締役が2名しかいない小規模な法人では、この組み合わせを使って役員構成を組むことがあります。
法定役員の選定で日系企業がつまずく点
会社秘書役の確保
フィリピン国籍かつ居住者という要件があるため、設立間もない日系企業が最も頭を悩ませるポストです。SECへの報告や議事録の作成には法務の知識が要るため、身近にフィリピン国籍の従業員がいたとしても、その人に任せてよい役職ではありません。SECへの届出の不備は、後々の資本金増資や役員変更のたびに障害となって現れます。
実務上は、現地の弁護士や法人設立を専門とするコンサルティングファームに外部委託するのが一般的です。当社が執筆時点で把握している範囲では、月額₱10,000〜₱25,000程度が目安になります。
委託先を選ぶときに見ておきたいのが、連絡の取りやすさです。フィリピンでは、銀行口座の開設、事務所の賃貸借契約、行政手続きなど、あらゆる場面でSecretary’s Certificate(会社秘書役証書)の提出を求められます。書類が必要になるたびに会社秘書役へ依頼して署名をもらう流れになるため、返信が遅い相手だと手続き全体が止まります。多忙で連絡がつかない、依頼から署名まで2週間かかるといった声は実務でよく耳にします。費用の安さだけで選ばず、レスポンスの速さを判断材料に入れてください。
財務役の確保
要件はフィリピン居住のみですから、日本人駐在員が就任することもできます。ただし設立の初期段階、つまり就労ビザが下りる前の時点では、その駐在員が居住者と認められない場合があります。その間は現地の信頼できるパートナーや会計事務所に暫定的に就任を依頼し、ビザ取得後に交代させるのが一般的な進め方です。
財務役は会社秘書役と違い、日常的に業務が発生する役職ではありません。主な出番は監査済財務諸表への署名であり、年に数回の対応で足りることがほとんどです。外部委託した場合の相場は、執筆時点で月額₱4,000〜₱15,000程度と見ています。法定役員である以上は誰かを任命しなければなりませんが、月額₱10,000を大きく超える見積もりが出てきた場合は、役割に対して割高でないかを一度確認してみてください。
選任後にSECへ届け出ること
役員を決めて終わりではなく、選任した内容をSECに届け出るところまでが一連の手続きです。改正会社法では、取締役および法定役員を選任した後30日以内に、氏名・国籍・持株数・住所をSECへ報告することが求められています。予定していた年次株主総会で選任ができなかった場合も、その事実を30日以内に届け出る必要があります。
あわせて、年次株主総会の開催後30日以内に、General Information Sheet(会社基本情報届出書。以下「基本情報届出書」)を提出します。基本情報届出書には現時点の取締役と法定役員、株主構成が記載されるため、この書類の内容が第三者から見た「いまの役員は誰か」を決めることになります。銀行や取引先から役員を確認したいと言われたときに提示するのも、この書類です。
役員を交代させたのに基本情報届出書を更新しないままにしておくと、退任したはずの人物が登録上は役員として残り続けます。退任者の署名を後から求められる事態や、SEC側の記録と実態の食い違いを解消するための追加手続きが発生することもあります。役員変更を決議したら、届出までを一つの作業として扱ってください。
なお、SECとのやり取りは登録された公式メールアドレス宛に行われる運用になっています。設立時に登録したアドレスが担当者の個人アドレスのままで、その担当者が帰任してしまい通知に気づかなかった、というのは実際に起きている話です。退職や帰任があっても引き継げる共有アドレスを登録しておくことをおすすめします。
おわりに
役員の選定は、その後の運営の効率性を大きく左右するため非常に重要です。会社秘書役の対応が遅ければ手続きのたびに待たされますし、日本在住の社長を置けば署名のたびに時間がかかります。制度上の要件を満たすことと、日々の業務が回ることは別の問題であり、後者を織り込んで人選を設計しておくと、設立後の負担がまるで変わります。
当社では、フィリピン進出を検討される日系企業向けに、法人設立のサポートから設立後の経理・記帳代行、税務申告代行、BIR・SEC・LGUなどの行政手続きまで一貫して支援しています。財務役への就任は当社で承っており、会社秘書役についても信頼のおける専門家をご紹介できます。役員の構成や名義株主の扱いでご不明な点がありましたら、お気軽にご相談ください。