支店と駐在員事務所は、いずれも日本本社と同一の法人であり、フィリピンで新たに設立された独立法人ではありません。そのため、撤退にあたっては会社を解散するのではなく、SECから取得したライセンスを返上し、Certificate of Withdrawal(ライセンス返上証明書)を取得します。
基本的な枠組みは支店と駐在員事務所で共通していますが、税務や資金面の論点は異なります。支店では債権者対応、担保証券の返還、支店利益送金税などが問題となる一方、駐在員事務所では、収益活動を行っていなくても給与や賃料などの源泉徴収が正しく処理されていたかを確認する必要があります。
この記事では、支店・駐在員事務所に共通するSECライセンスの返上手続きと、それぞれに固有の注意点を整理します。株式会社を含む会社清算の全体像は、シリーズ第1回「フィリピンの会社清算の流れ ①全体編」で説明しています。
解散ではなくライセンスの返上
フィリピンの改正会社法(Republic Act No. 11232)第153条は、フィリピンで事業を行うライセンスを取得した外国法人が、そのライセンスを返上するための要件を定めています。SECがライセンス返上証明書を発行するためには、次の三つを満たす必要があります。
- フィリピンで発生したすべての請求・債務が弁済、和解または決済されていること
- フィリピン政府、その機関または地方自治体に対する税金、賦課金、査定額およびペナルティがすべて納付されていること
- ライセンス返上の申立てを、フィリピン国内で一般に流通する新聞に週1回、3週連続で公告していること
株式会社の自主的な解散が株主による意思決定を中心とするのに対し、外国法人のライセンス返上では、フィリピン国内の債権者と政府機関に対する義務が解消されているかが審査の中心になります。特に、公告は週1回、3週連続で行うことが法定要件であるため、掲載日程を全体のスケジュールに織り込む必要があります。
支店と駐在員事務所の違い
SECライセンスを返上するという枠組みは共通していますが、事業活動、資金、税務の取扱いには次のような違いがあります。
| 項目 | 支店 | 駐在員事務所 |
|---|---|---|
| 法的性質 | 外国法人本社の一部 | 外国法人本社の一部 |
| 主な活動 | ライセンスの範囲内で収益活動を行う | 本社のための情報収集、連絡、販売促進などを行い、フィリピン国内から収益を得ない |
| 運営資金 | 本店からの送金および事業収入 | 原則として本店からの送金 |
| 担保証券 | SECへの預託が必要となる(初回50万ペソ) | 通常は支店向け担保証券制度の対象外 |
| 主な税務論点 | 法人所得税、VAT、源泉徴収、支店利益送金税など | 給与・賃料・外注費などに関する源泉徴収、最終申告など |
| 撤退時の固有論点 | 担保証券の返還と本店への資金送金 | 過去の源泉徴収と申告状況の確認 |
駐在員事務所は許可された活動から収益を得ないことが前提ですが、BIR登録や雇用主としての義務がなくなるわけではありません。支店より確認項目が少ない場合はあるものの、駐在員事務所だから短期間で必ず閉鎖できるとは限りません。
撤退手続きの流れ
<!– wp:spacer {“height”:”20px”} –>
<div style=”height:20px” aria-hidden=”true” class=”wp-block-spacer”></div> <!– /wp:spacer –>
撤退手続きの流れ
具体的な順序は、BIR、LGU、SECその他の登録状況や、従業員・債権者の有無によって変わります。一般的には、次の作業を相互に調整しながら進めます。
- 日本本社の取締役会などでフィリピンからの撤退を承認し、現地手続きを行う代表者を指定する
- 事業停止日を決め、従業員への対応、資産処分、契約終了、最終支払日を整理する
- 債権者への支払い、和解または決済を完了し、債権者一覧と必要な同意書を準備する
- SSS、PhilHealth、Pag-IBIG、LGUなどの登録抹消手続きを進める
- BIRへ登録抹消を申請し、最終申告、未納税額の支払い、タックスクリアランスの取得を進める
- SECと申請書類を確認し、ライセンス返上の申立てと3週連続の新聞公告を行う
- SECからライセンス返上証明書を取得する
- 支店の場合は担保証券の返還を申請し、残余資金の本社送金や銀行口座の閉鎖を行う
日本で作成・署名する取締役会決議書などは、公証やアポスティーユが必要になる場合があります。日本側での決裁、署名、公証、アポスティーユ取得に要する期間を見込み、フィリピン側の手続きと並行して準備します。
また、従業員がいる場合は、事業閉鎖に伴う従業員およびDOLEへの事前通知、最終給与、13th Month Pay、未使用休暇、解雇手当などを確認します。労務と社会保険の詳細は、シリーズ第6回「フィリピンの会社清算の流れ ⑥労務・社会保険編」で説明します。
SECへの提出書類
SECへの提出書類には、一般に次のようなものが含まれます。
- カバーシートおよびライセンス返上の申立書
- ライセンス返上を承認する日本本社の取締役会決議書
- 直近事業年度の監査済財務諸表
- 債権者一覧と債権者の同意書、または債権者が存在しないことの宣誓証明
- 新聞公告を証明する宣誓供述書と掲載紙
- BIRタックスクリアランスなど、税金等の完納を示す資料
- SECが発行したライセンス証書の原本
- 必要に応じて、監督官庁や投資促進機関からの承認・クリアランス
必要書類や提出方法は申請内容と管轄部署によって追加・変更されることがあります。SECの現在の案内では、外国法人のライセンス返上は通常のeAMEND対象とは別の提出窓口が示されているため、申請時点の受付方法を確認します。
ライセンス証書の原本は、長期間保管されている間に所在が分からなくなることがあります。紛失している場合は追加書類や説明が必要になる可能性があるため、撤退方針を決めた段階で保管状況を確認しておくことが実務的です。
居住代理人を確保しておく
外国法人は、フィリピン国内で訴状その他の法的書類を受け取る窓口として、Resident Agent(居住代理人)を指定します。改正会社法第144条により、居住代理人になれるのは、フィリピンに居住する個人またはフィリピンで適法に事業を行う国内法人です。
居住代理人はすべての撤退書類に当然に署名するわけではありませんが、SECからの連絡や法的書類を受ける正式な窓口です。また、SECライセンスが存続している間に居住代理人を維持しないことは、ライセンスの停止・取消事由になり得ます。
外部の居住代理人との契約を終了する場合や、居住代理人に指定していた駐在員を帰任させる場合は、SEC手続きとの順序を確認します。ライセンス返上証明書を取得する前に居住代理人が不在になることは避けるのが安全です。先に帰任させる必要がある場合は、居住代理人の交代手続きを検討します。
債権者に関する要件
改正会社法第153条は、フィリピンで発生したすべての請求について、支払い、和解または決済が完了していることを求めています。SECの提出書類としても、債権者一覧と同意書、または債権者が存在しないことの宣誓証明が求められるのが一般的です。
対象となり得る相手には、取引先、貸主、従業員、金融機関、専門家、政府機関などがあります。賃貸借契約の原状回復費用、専門家報酬、最終給与、未確定の税金なども含め、支払いが後から発生する項目を洗い出します。
支店・駐在員事務所と日本本社の間の本店勘定は、同一法人内部の会計上の勘定であり、通常の第三者債務とは性質が異なります。ただし、会計残高の照合、資金の出所、税務上の取扱いは別途整理する必要があります。単に本店勘定へ振り替えるだけで、外部債務や税務上の問題を解消することはできません。
支店の担保証券を返還してもらう
改正会社法第143条により、対象となる外国法人の支店は、ライセンス発行後にSECへ担保証券または適格な金融商品を預託します。法令上の基準額は少なくとも50万ペソ相当ですが、SECが別の金額を定める場合もあります。
また、支店の総所得が1,000万ペソを超えた場合は、超過額の2%相当の追加預託が必要になります。預託している証券等の時価が、預託時から10%以上下落した場合にも追加預託を求められる可能性があります。
支店がフィリピンでの事業を終了した場合、SECへの申請と、フィリピン居住者および政府に対する債務が残っていないことの証明により、預託物の返還を受けられます。ライセンス返上証明書を取得することと、担保証券が自動的に返還されることは同じではありません。預託明細を確認し、別途返還申請を行います。
BIRの登録抹消とタックスクリアランス
支店・駐在員事務所についても、BIR Form No. 1905による登録抹消、適用される税目の最終・短期申告、未納税額の支払い、帳票や許可書類の返却などが必要です。事業を停止しただけでは、BIR上の申告義務は自動的に終了しません。
RMC No. 47-2026は、BIRに登録された国内・外国の事業納税者を対象として、閉鎖・登録抹消手続きを定めています。完全な必要書類を提出すると登録税目がderegisteredへ変更され、一定の小規模納税者については、Open Caseや未納税額などがなければ短期間でタックスクリアランスが発行される制度があります。
一方、既存のLetter of Authorityに基づく税務調査が進行中の場合や、同通達の売上高・資産基準を超える場合は、原則として税務調査の終了後にタックスクリアランスが発行されます。詳しい基準は、当社記事「RMC No. 47-2026でフィリピン法人の閉鎖手続きは短縮されるのか」およびシリーズ第3回「フィリピンの会社清算の流れ ③株主総会の決議による解散」で説明しています。
支店利益送金税
フィリピン支店が稼得した利益を日本本社へ送金する場合、国内法上は原則として15%のBranch Profit Remittance Tax(支店利益送金税)が問題になります。課税対象は本社へ送る現金の全額ではなく、フィリピンでの事業と実質的に関連し、本社への送金に充てられる税引後利益です。そのため、撤退時に本社へ送る資金については、少なくとも次の区分を整理します。
- 本社から受け入れた運転資金などの返還
- 支店が過年度に稼得した利益の送金
- 資産売却によって生じた利益を含む当期利益の送金
- 本社または他拠点との未決済勘定
日本本社への送金については、日比租税条約の議定書により、一定の要件を満たす場合、フィリピンが課す追加税は送金対象利益の10%を超えないとされています。ただし、租税条約上の税率が自動的に適用されるわけではありません。本社の日本居住者性、対象利益の計算、BIR Form No. 0901-PRなどによる租税条約手続きの要否を、送金前に確認します。
駐在員事務所で確認される税務項目
駐在員事務所は、フィリピン国内から収益を得ないことを前提としてライセンスを取得しています。しかし、給与、賃料、外注費などを支払っている場合には、源泉徴収義務が生じることがあります。撤退時には、主に次の項目を確認します。
- 給与に対する源泉徴収税の申告・納付
- 賃料や業者への支払いに対する拡大源泉徴収税の申告・納付
- 年次のAlphalistなどの提出
- 未活動期間を含む必要なゼロ申告
- BIR上のOpen Caseや未納税額
- 従業員に関する最終給与と社会保険手続き
収益がないことと、税務申告が不要であることは同じではありません。過去の源泉徴収漏れが登録抹消時に判明すると、本税に加えてサーチャージ、利息、妥協罰金などが発生する可能性があります。
実務上の落とし穴
支店・駐在員事務所の撤退では、次のような問題によって手続きが止まりやすくなります。
- 日本本社の取締役会決議、公証、アポスティーユの準備が遅れる
- 取引先への支払いが残り、債権者の同意書を揃えられない
- 3週連続の新聞公告に必要な期間を計画に入れていない
- SECライセンス証書の原本を紛失している
- 居住代理人との契約や駐在員の任期を先に終了してしまう
- 支店利益送金税や租税条約手続きを確認せず、本社送金を進める
- 駐在員事務所で過去の源泉徴収漏れやゼロ申告漏れが見つかる
- 支店の担保証券について、返還申請を行わないまま手続きを終える
撤退時期だけを先に決めるのではなく、債権者、従業員、税務、公告、日本本社の書類、居住代理人、担保証券を一つの工程表で管理することが重要です。あります。撤退の作業を進める中で意識から抜けやすい項目ですので、着手時点のチェックリストに入れておいてください。
おわりに
支店と駐在員事務所の撤退は、会社の解散ではなく、外国法人に与えられたSECライセンスの返上として行います。どちらも債務と税金の精算、BIR・LGU等の登録抹消、3週連続の新聞公告、SECへの申立てが必要ですが、支店では担保証券と本社への利益送金、駐在員事務所では過去の源泉徴収が特に重要な確認項目になります。
また、実際の手続きは完全な直列ではなく、日本本社の決議、債権者対応、税務確認、従業員対応などを並行して進めます。登録状況や未解決事項を着手前に洗い出し、どの機関の手続きが全体のボトルネックになるかを確認することが、現実的な撤退計画につながります。
当社では、居住代理人サービスに加え、BIR登録抹消に向けた税務・会計状況の整理や、SEC手続きの進め方に関するご相談に対応しています。実際の登録状況と未解決事項を確認したうえで、必要な作業範囲をご案内します。