フィリピンでビジネスを行う上で、意外な落とし穴になりやすいのがDocumentary Stamp Tax(DST:印紙税)です。日本にも収入印紙という制度がありますが、フィリピンの印紙税は少し勝手が異なります。課税対象かどうかの判断や税率の計算が複雑なうえ、申告期限が他の税目よりも短く設定されているため、実務担当者を悩ませることも多い税目です。本記事では、印紙税の仕組みから実務上の注意点まで、わかりやすく解説します。

印紙税とは

印紙税とは、フィリピン国内で作成・署名・発行・譲渡される特定の「文書」「証書」「貸付契約」「株式」などに対して課される国税です。日本の印紙税と似ていますが、大きな違いは納税の方法にあります。日本ではコンビニや郵便局で印紙を購入して貼付・消印するケースが多いですが、フィリピンの実務(特に企業間取引)では、BIR Form 2000という税務申告書を作成し、銀行やオンラインシステムを通じて納税するプロセスが一般的です。

対象となる取引

すべての契約書に課税されるわけではありませんが、事業活動の主要な局面で発生します。日系企業が頻繁に関わる主な課税対象を以下の表にまとめました。

対象となる文書取引概要課税
ベース
税率
Original Issue of Shares of Stock株式会社設立時や増資時の新株発行額面金額0.75%
Sales/Transfer of Shares of Stock発行済株式の売買・譲渡
※非上場株、額面金額ありの場合
額面金額0.75%
Sales/Transfer of Shares of Stock発行済株式の売買・譲渡
※非上場株、額面金額なしの場合
新株発行時印紙税額50%
Lease Agreementsオフィス・車・コンド等の賃貸借契約契約期間の賃料総額0.2%
Deeds of Sale of Real Property不動産の売買・譲渡譲渡価格 or 評価額の高い方1.5%
Debt Instruments, Loan Agreement債務証書・金銭消費貸借契約借入金額0.75%
Checks / Bills of Exchange小切手・為替手形券面額0.3%

逆に、上記の課税対象に該当しない文書には印紙税は課されません。たとえば一般的な商品の売買契約やサービス契約は、通常は課税対象外です。課税対象の詳細はBIRのウェブサイトに記載されています(参照:https://www.bir.gov.ph/DocumentaryStampTax

申告・納税の方法とタイミング

印紙税の申告は、対象取引が発生した月の翌月5日までにBIR Form 2000を用いて行います。納税も申告と同じタイミングです。同じ月に複数の対象取引があった場合は、まとめて一度に申告しても、取引ごとに分けて申告しても構いません。また、対象取引がない月はゼロ申告が不要です。つまり、取引があった月だけ申告・納税を行う変則的な運用となるため、他の税目に比べて失念しやすい点に注意が必要です。

義務が発生するタイミング

特に注意が必要なのが、どの時点で印紙税の申告・納税義務が発生するかです。税法上、契約書(または文書)が「Execution(執行)」された日、すなわち双方が署名して契約が成立した日が義務発生日とされています。

具体例で確認してみましょう。ある契約書について、1月28日にドラフト作成、1月30日に一方が署名、2月6日にもう一方が署名、2月8日に公証が行われた場合、義務発生日は双方の署名が揃った2月6日です。したがって、申告・納税期限は翌月5日の3月5日となります。

一方、署名が1月31日に完了した場合は義務発生日が1月31日となり、申告・納税期限は2月5日です。月末に契約が成立すると、翌月5日まで数日しか猶予がないことになります。

なお、公証日を義務発生日とする解釈もあり、BIRの担当官によって判断が分かれるケースがあります。遅延とみなされるとペナルティが課されるため、安全を期すなら署名完了日(公証前)を起点として対応するのが妥当です。

対象取引がある月のみ印紙税の申告・納税を行う必要があるため、変則的であるが故にうっかり忘れてしまうケースが非常に多く見受けられます。

実務上の留意点

課税対象かどうか・税率の判断が難しい

「この契約書は課税対象か」「税率はいくらか」の判断は、日本の印紙税以上に複雑です。たとえば単なる業務委託契約(Service Agreement)であれば通常は課税対象外ですが、その中に立替金の精算や実質的な貸付とみなされる条項が含まれていると、課税リスクが生じる可能性があります。また税率も、「₱200ごとに〇〇ペソ」という従価税形式が多く、契約金額に基づいた正確な計算が求められます。判断に迷う契約書については、専門家に確認するのが確実です。

申告期限が他の税目より短い

印紙税の最大の実務的ハードルが、この期限の短さです。BIR Form 1601C(給与源泉税の月次申告書)やBIR Form 0619E(拡大源泉税の月次申告書)の申告・納税期限は翌月10日ですが、印紙税はそれよりも5日早い翌月5日です。月末に対象取引が発生した場合には、わずか数日しか猶予がありません。さらに、対象取引がある月だけ申告が必要という変則的な運用のため、定例作業として自動的に対応できず、申告漏れが起きやすい構造になっています。スケジュール管理を徹底することが不可欠です。

「どちらが払うか」を契約書に明記する

フィリピンの税法上、印紙税の納税義務者は「文書の作成者、署名者、発行者、または受取人」のいずれかとされており、契約当事者のどちらが払っても構いません。ここでよく起きるのが、「相手が払うだろう」とお互いが思い込み、結果として双方が未納になるケースです。逆に、連絡の行き違いで双方が払ってしまう(二重払い)ケースも稀にあります。こうしたトラブルを防ぐには、どちらが申告・納税を行うかを契約書に明記しておくことが最も確実な対策です。

おわりに

印紙税は法人税やVATと比べて一件あたりの金額が小さいことも多く、つい後回しにされがちです。しかし、BIRは形式的な不備に厳しく、数日の遅れであっても容赦なくペナルティを課してきます。また、将来の税務調査(Audit)では契約書と印紙税の照合は必ず行われるチェックポイントの一つです。たかが印紙、されど印紙——軽く見ていると後で痛い目を見かねません。

当社の経理代行パッケージでは、印紙税の申告・納税も含めてサポートしています。対象取引の判断や期限管理でお困りの方は、お気軽にご相談ください。