フィリピンに駐在員を派遣している企業の中には、確定申告の対応を後回しにしていたり、そもそも義務があることを把握していないケースが少なくありません。本記事では、所得税の基礎知識から申告が必要な理由、計算方法、手続きの流れ、よくある疑問への対応まで、実務的な観点から解説します。

所得税の課税対象範囲

フィリピン税法第23条に基づき、日本人を含む外国人については「フィリピン国内源泉所得(income derived from sources within the Philippines)」が所得税の課税対象です。

「フィリピン国内源泉所得」とは

フィリピン国内源泉所得とは、要するに「どこで働いて得た所得か」を基準として判断します。支払い国がどこかではなく、主要な勤務場所がどこかが重要です。主要な勤務場所がフィリピン国内であれば、その対価として受け取る所得はフィリピンで課税対象となります。

フィリピンに赴任した駐在員は、①出向元の日本本社と、②出向先のフィリピン法人の両方から給与を受け取るケースが一般的です。この場合、主要な勤務場所はフィリピン国内ですので、①②どちらの給与もフィリピン国内源泉所得に該当し、合算した金額が課税対象となります。

ただし例外があります。日本法人の取締役として受け取る役員報酬については、日比租税条約第16条の規定に基づき、支給国(日本)でのみ課税されます。日本国内の不動産所得や配当金も同様に、フィリピンでの勤務とは直接関係がないため日本国内源泉所得として扱われます。

主な収入の分類を整理すると、以下のとおりです。

各収入の分類フィリピン国内源泉所得日本国内源泉所得
日本本社から支給された給与
内、役員報酬・兼務による給与
日本国内の不動産所得・配当
フィリピン法人から支給された給与
フィリピン国内の不動産所得・配当

所得税の計算方法

所得税は、課税所得を算出し、それに所得税率を乗じることで計算します(課税所得の算出方法については、別記事「個人所得税」をご参照ください)。

フィリピンの所得税率

日本と同様に超過累進税率が採用されており、年間の課税所得に応じて以下の6区分に分類されます。

Tax Bracket
(課税区分)
Taxable Income
(課税所得)
Income Tax Rate
(所得税率)
区分-1₱250,000以下0%
区分-2₱250,000超〜₱400,000以下₱250,000超過分の15%
区分-3₱400,000超〜₱800,000以下₱400,000超過分の20% + ₱22,500
区分-4₱800,000超〜₱2,000,000以下₱800,000超過分の25% + ₱102,500
区分-5₱2,000,000超〜₱8,000,000以下₱2,000,000超過分の30% + ₱402,500
区分-6₱8,000,000超₱8,000,000超過分の35% + ₱2,202,500

「グロスアップ計算」とは

駐在員の所得税計算に特有の処理が「グロスアップ計算」です。多くの企業では、フィリピン赴任に伴って発生する追加の所得税を会社が負担する方針をとっています。その場合、会社が負担した税額は実質的に追加の給与支給とみなされ、それ自体にも所得税が課されます。

グロスアップ計算とは、この前提のもとで「手取りが設定された給与支給額と一致するように」総課税所得を逆算で求める方法です。具体的には、所得税率を適用した後の手取り額が実際の給与支給額と一致するよう、総課税所得を調整します。

なぜ確定申告が必要か

フィリピン法人から支給される給与は、毎月の源泉徴収によって所得税が納付されています。一方、日本本社から支給される給与には源泉徴収が行われていません。そのため、①②を合算した上で正しい所得税額を計算し、源泉徴収済みの金額を差し引いた不足分を確定申告で納付する必要があります。

源泉徴収だけでは納税が完結しないため、確定申告は義務です。これを怠ると税務上のペナルティが発生します。

確定申告の流れ

確定申告は暦年単位で行い、対象年の翌年4月15日までに申告・納税するのが原則です(年によってBIRが期限を延長することがあります。例えば2025年分の申告期限は2026年5月15日に延長されました)。当社が支援させていただく場合の流れは以下のとおりです。

1. 日本支給の情報を整理

出向元の日本法人から支給された給与情報を確認します。給与明細・賃金台帳・源泉徴収簿などが資料として使用されます。基本給・留守宅手当・海外勤務手当などが含まれることが一般的です。

また、駐在員のフィリピンでの住居費や帯同家族のレンタカー代などを日本本社が直接負担している場合、これらは実質的に現物支給の給与とみなされるため、所得税計算に含めるのが妥当です。

2. フィリピン支給の情報を整理

出向先のフィリピン法人から支給された給与情報を確認します。フィリピン法人では毎月の源泉徴収と年末調整が行われており、BIR Form 2316(給与所得の源泉徴収票)が発行されているため、この書類で確認します。

なお、フィリピン法人が駐在員の住居費や帯同家族の費用を負担している場合は、Fringe Benefits Tax(フリンジベネフィット税)の対象となるため、個人の所得税計算には含みません。

3. 所得税額の算出

①②の給与を合算し、グロスアップ計算によって総課税所得を算出します。所得税率表に基づいて税額を計算したうえで、フィリピン法人からの給与に係る源泉徴収済みの税額を控除し、確定申告で追加納付すべき金額を確定します。

4. 確定申告書の作成・署名

上記の算出結果に基づき、確定申告書(BIR Form 1700)を作成します。BIR Form 1700は、原則として納税者本人(駐在員)の直筆署名が必要となります。駐在員が直筆署名した後、原本を弊社宛てに送付していただきます。

5. 納税資金の送金

確定申告で追加納付が生じる場合は、当社宛てに納税資金をご送金いただくか、Manager’s Check(銀行小切手)をご準備の上ご送付ください。なお、当社では納税資金の立替払いは行っておりません。

6 確定申告書の提出・納税

お預かりした確定申告書をBIRに提出し、認定代理銀行(Authorized Agent Bank)にて納税を行います。手続き完了後、納税の証憑をお客様にご共有します。

こんな時はどうする?

お客様から頻繁に質問をいただく事項について、以下に対応策を例示しています。

就労ビザ・就労許可証未取得の場合

赴任後に就労ビザ・就労許可証の取得手続きを開始するケースが一般的で、順調に進んでも3〜4か月、場合によっては1年以上かかることもあります。

ビザが未取得の期間であっても、実質的にフィリピン居住者として勤務しフィリピン国内源泉所得を得ていれば、所得税の課税対象となります。フィリピン法人からの給与支給がなく日本本社からのみ支給を受けている期間も、確定申告の対象です。

会社の方針によっては、ビザ取得完了まで「出張者扱い」とする場合がありますが、実態が長期滞在を前提とした赴任であれば、フィリピン居住者として確定申告の対象となります。日比租税条約に基づく短期滞在者免税(いわゆる「183日ルール」)は、こうした実態のある赴任には原則として適用できません。

年の途中で帰任する場合

1月や2月など年の浅い段階で帰任した場合でも、その年にフィリピン居住者として勤務した期間がある以上、確定申告の義務が生じます。短期滞在者免税は適用されません。

一点、手続き上の制約として押さえておく必要があります。フィリピンのBIRは年内の確定申告を受け付けておらず、申告・納税の手続きは翌年1月以降でなければ開始できません 例えば2026年2月に帰任した場合、フィリピンでの2026年分の確定申告は2027年1月以降の対応となります。この制約のもとで、二重課税を防ぐための実務的な対応として、以下の2つの方法があります。

① 帰任前に準備を完了させる方法(二重課税リスクを回避したい場合)

帰任後(日本の居住者に戻った後)に日本本社がフィリピンの所得税を負担した場合、国税庁の取り扱い上、その負担額は当該年の給与所得として日本側でも課税対象となります(国税庁タックスアンサー No.1935 海外勤務者が帰国したときの確定申告 参照)。結果として、同じ税金負担に対して日本とフィリピンの双方で課税される二重課税が生じるケースがあります。

これを避けるための方法として、帰任前に確定申告書の作成・署名・納税資金の送付まで完了させ、代理申告・納税手続きのみを翌年1月に実施するというアレンジが可能です。納税資金については、代理申告・納税手続きが完了するまでの間、当社もしくは出向先のフィリピン法人にてお預かりします。

この方法を選択した場合のスケジュールイメージは以下のとおりです(2026年2月末帰任の場合)。

  • 帰任前(〜2026年2月末):給与関連資料の提供 → 所得税算出 → 確定申告書への署名 → 納税資金の当社宛て送金(
  • 2027年1月以降:当社が確定申告書を提出し、お預かりした納税資金を納付

なお、この対応はご希望の企業様に限り承るものです。強制ではありませんので、状況に応じてご判断ください。

② 通常の確定申告スケジュールで進める方法

上記のアレンジをご希望でない場合は、通常のスケジュールに沿って、翌年1月以降に確定申告の一連の手続きを進めることになります。ただし、この場合は帰任後に会社が納税資金を負担するタイミングが翌年以降となるため、上述の二重課税リスクを念頭に置いたうえで判断することをお勧めします。日本側の税務処理については、日本の税理士にもご確認されることをお勧めします。

出張が長期化した場合

日比租税条約第15条に基づき、フィリピンへの出張が短期(暦年で183日以内)の場合は、一定の条件のもとでフィリピンでの所得税が免除されます(短期滞在者免税)。ただし、183日を超えてフィリピンに滞在した場合はこの免税が適用されず、フィリピン国内源泉所得に対して課税されます。

この場合のフィリピン国内源泉所得は、日本本社から支給される給与のうち、フィリピン滞在日数に相当する按分額が対象となります(出張者は通常フィリピン法人からの給与支給がないため)。

なお出張者は日本の居住者ステータスを維持したままであるケースが一般的なため、同じ給与に対して日本・フィリピン双方で課税される二重課税が生じることが想定されます。確定申告時に外国税額控除を活用するなどの対応策を検討してください。

また、短期滞在者免税は滞在日数だけが基準となるわけではなく、その他要素も考慮し判断する必要があります。短期滞在者免税に関する詳細はこちらをご参照ください。

日本本社の役職を兼務している場合

主要な勤務場所はフィリピンであっても、日本本社でフィリピンとは無関係の役職を兼務している場合、その役職に対応する給与部分はフィリピン国内源泉所得に該当しません。日本本社から支給される給与を業務実態に応じて合理的な基準で按分し、フィリピン国内源泉所得に該当する部分のみを所得税計算に算入します。

日本本社から役員報酬を受領している場合

日本の会社法に基づく役員報酬を受領している場合、日比租税条約第16条の規定によりフィリピンでの課税対象とはなりません。ただし、会社が任意に設けた執行役員などのポジションで従業員給与を受け取っている場合は、この例外には該当せず、フィリピン国内源泉所得として課税対象となります。

日本本社がフィリピンでの福利厚生を負担している場合

日本本社が駐在員のフィリピンでの住居費や帯同家族の費用(航空券代・レンタカー代・ドライバー代・家事手伝い費・学費・海外旅行保険料等)を負担している場合、それは実質的に追加の給与を支給しているとみなされます。

このような現物給与は原則としてFringe Benefits Tax(フリンジベネフィット税)の対象となり、税金の負担者は給付を行った会社側です。フィリピン法人であれば税務署登録がされているため申告・納税に問題はありませんが、日本本社のようにフィリピン非居住法人が負担している場合、税務署登録がないためフリンジベネフィット税を直接申告・納税できないという問題が生じます。この場合の対応策として、主に以下の2つが考えられます。

① フィリピン法人が「見なし支給」として代理納税

フィリピン法人が「日本本社の代わりに給付したとみなして」フリンジベネフィット税を申告・納税し、そのコストを日本本社に請求する方法です。例えば駐在員のコンドミニアムを日本本社名義で契約している場合でも、フィリピン法人が借りたものとして処理します。

② 「駐在員への追加給与と見なし」確定申告で所得税納税

現物給付を日本本社からの追加給与とみなし、駐在員個人の所得税として確定申告で納税する方法です。会社が所得税を負担するケースが多いため、グロスアップ計算で税額を算出します。確定申告のみで完結するため手続き上の簡便性があります。

確定申告の外部委託をお勧めする理由

経理業務を内製化している企業でも、駐在員の確定申告については外部委託を検討することをお勧めします。

専門性の高さ

駐在員の確定申告には、フィリピン税法・日本税法・日比租税条約の3つにまたがる知識が必要です。有能なフィリピン人経理担当者であっても、国際税務や確定申告業務を扱う機会はほぼないため、十分な知識を持つケースは稀です。

日本語能力・日本の制度に対する理解が必要

日本本社の給与情報を正確に把握するためには、給与明細・賃金台帳・源泉徴収簿などの書類を読み解く日本語能力と、駐在という制度への理解が必要です。フィリピン人担当者にとって、給与の支払い元が複数に分かれていること、住居費の負担がどのような形になっているかといった点は、馴染みのない概念です。日本本社の人事部門とのコミュニケーションも必要になるため、日系企業の実務経験がある担当者でなければ対応が難しい業務です。

機密情報

駐在員の給与は、フィリピン人従業員と比較して待遇面で大きな差があることが一般的です。この情報がフィリピン人従業員に知られると、モチベーション低下や不満の原因になりかねません。経理・人事担当者に限定開示しているケースも見受けられますが、フィリピンでは同僚間で給与情報を気軽に共有する文化もあるため、社内での取り扱いには注意が必要です。外部の専門家に委託することで、社内の人員に駐在員の給与情報を開示せずに手続きを進めることができます。

おわりに

駐在員の確定申告は、コンプライアンスとして重要な義務ですが、対応が漏れたり誤った処理がなされているケースが実務上よく見られます。専門性の高い業務であるため、外部の専門家への委託を検討されることをお勧めします。

当社でも駐在員の確定申告を数多く取り扱っています。₱35,000/人で承っており、対象者が複数人の場合は人数に応じてディスカウントさせていただきます。委託先をお探しの方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。