フィリピンへの進出やフィリピン人の活用を検討する際、現地法人の設立を行わずに事業をスタートできる手法として「GEO(Global Employment Outsourcing:雇用代行)」または「EOR(Employer of Record)」と呼ばれるサービスを耳にすることがあるかもしれません。
初期費用を抑え、スピーディに現地人材を活用できるメリットが強調されがちですが、フィリピンの実務および法務環境に照らし合わせると、決して安易に推奨できる手法ではありません。本記事では、フィリピンにおけるGEOの仕組みと、実務上で直面するリスク、そしてより妥当な選択肢について解説します。
GEOとは
GEO(雇用代行)とは、日本本社がフィリピンに現地法人や支店などの拠点を設立することなく、現地の代行業者が日本企業に代わってフィリピン人スタッフを雇用するスキームです。
代行業者が法的な雇用主となり、給与計算、社会保険の手続き、労務管理などを代行します。一方で、雇用されたスタッフが従事する業務は、実質的に日本本社のための業務となります。一般的に、GEOのサービス提供会社からは以下のようなメリットが喧伝されています。
- スピーディな事業開始: 法人設立の手続き(通常数か月を要します)を待たずに、最短数日〜数週間で現地スタッフを稼働させることができる。
- 初期費用の削減: SEC(Securities and Exchange Commission、証券取引委員会)での法人設立にかかるコストや、多額の払込資本金を用意する必要がない。
- バックオフィスの負担軽減: 現地の複雑な労働法制への対応、給与計算、税務処理などを代行業者に任せられる。
- 撤退の容易さ: 万が一事業から撤退する場合でも、フィリピンで非常に時間と労力がかかる法人清算の手続きが不要である。
一見すると、拠点を構える手間やリスクを省きつつ、手軽に現地リソースを確保できる非常に合理的な手段のように思えます。しかし、フィリピンの厳格な法規制や実務環境を踏まえると、これらのメリットの裏には大きな落とし穴が存在します。
フィリピンにおけるGEO利用の法的リスクと実務上の落とし穴
フィリピンでGEOを利用する場合、主に「労働法務」と「税務」の2つの側面から、看過できないリスクが生じます。
DOLE(Department of Labor and Employment、労働雇用省)の厳しい請負規制
フィリピンは労働者保護の気運が非常に高い国であり、DOLE(Department of Labor and Employment、労働雇用省)は請負契約に関する厳格な規制を設けています。GEOを利用した場合、日本本社とフィリピン人スタッフの間に直接の雇用契約はありません。しかし、実態として日本本社がスタッフに対して直接的な業務指示(指揮命令権の行使)を行っているとみなされた場合、Labor-only contracting(偽装請負)として違法と判断されるリスクが高まります。GEOを利用する多くのケースでは、実質的に雇用と同等の業務指示を行っているため、その適法性が問題になります。
PE(恒久的施設)認定による税務リスク
税務上のリスクも見逃せません。GEOを通じて雇用されたスタッフが、フィリピン国内で日本本社の事業に不可欠な役割(例えば、営業活動や契約締結の権限を持つなど)を担っている場合、BIR(Bureau of Internal Revenue、内国歳入庁)から、そのスタッフの存在自体が日本本社のPE(Permanent Establishment:恒久的施設)であると認定される恐れがあります。PEと認定された場合、フィリピン国内で発生したとみなされる利益に対して法人税が課税され、追徴課税やペナルティが発生する可能性があります。
GEOよりも「業務委託契約」が妥当な理由
GEOには上記のようなリスクが伴いますが、リスクを回避するために「日本本社から現地スタッフへの直接の指揮命令を行わない」という運用を徹底したとします。しかし、それであれば、高い代行手数料を支払ってGEOを利用するよりも、現地の企業やフリーランスと通常の「業務委託契約」を結ぶ方が、コスト面でも実務面でもはるかに妥当であると考えられます。
業務委託契約であれば、成果物や提供されるサービスに対して対価を支払う形となるため、指揮命令関係が存在しないことが前提となります。GEOであっても、コンプライアンスを厳守しようとすれば結局は「指揮命令ができない」という点で行き着くところは同じです。それならば、グレーな雇用リスクを抱え、割高な手数料を支払うGEOを選択する合理的な理由は乏しいと言わざるを得ません。
日系企業によるGEOサービス提供の実態
フィリピンに進出している日系企業の中にも、GEOサービスを提供している企業が見受けられます。しかし、フィリピンの厳格な労働法規や税務リスクを深く理解している実務家の目線から見ると、GEOのスキームを完全に合法かつクリーンな状態で運用することは非常に困難です。
実態としては、Labor-only contracting(偽装請負)やPEリスクなどの懸念事項を抱えたまま、黒に近いグレーな領域で運用されているケースが少なくないのが現状です。そのため、法令遵守を第一に掲げる真っ当なコンサルティング会社や会計事務所の多くは、クライアントに多大なリスクを負わせる可能性があることから、GEOサービスの提供を行っていないのが一般的です。
おわりに
GEOは「手軽さ」という魅力的な謳い文句を持っていますが、フィリピンにおいては労働法務や税務上のリスクが非常に高く、長期的な視点での事業展開には適していません。現地のリソースを活用したいのであれば、目的に応じて「業務委託契約」を活用するか、あるいは正規の手続きを踏んで現地法人等を設立する「急がば回れ」のアプローチが、結果的に最も安全でコストパフォーマンスに優れています。
当社では、コンプライアンス上の観点からGEOサービスの提供は行っておりません。その代わり、フィリピンで中長期的に安心して事業を行っていただけるよう、SECでの法人設立サポートをはじめ、設立後の経理・記帳代行、BIRへの税務申告代行など、バックオフィス業務をワンストップでご支援しております。フィリピンへの安全な進出形態や、進出後の会計税務についてお悩みの際は、お気軽にご相談ください。