フィリピン進出を検討する際、早い段階で決めておきたいのが会社設立の委託先です。委託先は単に手続きを代行するだけの存在ではなく、進出形態の選択、機関設計、資本政策など、フィリピン特有の事業環境を踏まえたアドバイスを提供してくれる重要なパートナーです。選定を誤れば、設立が遅れるだけでなく、設立後にさまざまなトラブルが生じることも珍しくありません。

本記事では、スムーズな事業立ち上げを実現するために、どのような基準で委託先を選ぶべきか、実務的な視点から解説します。

自力での会社設立は可能か

結論から言えば、制度上は自力での会社設立も可能です。ただし、実務上は相当なリスクを伴うため、推奨できません。コスト削減のために自社対応を検討する企業も一定数ありますし、フィリピンでのビジネス経験や駐在経験がある方ほど「自分でできるのではないか」と感じる傾向があります。しかし、自力での設立は単に手間がかかるというだけではなく、以下の2つの理由から後々トラブルになる可能性が非常に高いのが現実です。

網羅的なマニュアルが存在しない

フィリピンでの会社設立は、ワンストップで完了するわけではありません。SEC(証券取引委員会)での法人設立登記を皮切りに、BIR(内国歳入庁)、LGU(地方自治体)、各種社会保険機関など、複数の行政機関に対してそれぞれ別々に手続きを行う必要があります。

問題は、それぞれの機関の最新かつ正確な手続き情報を一箇所で入手する手段がないことです。ウェブ上の情報は古く現場の運用と乖離していることが多く、担当官の裁量が大きいため窓口ごとに異なる指示を受けることもあります。また、法改正が現場の運用に反映されるまでのタイムラグもあります。現場での交渉経験や実務の経験則がなければ、途中で手続きが止まってしまうことも珍しくありません。

「完了していない」ことに気づかないまま進んでしまう

最も危険なのが、手続きが完了していないにもかかわらず完了したと思い込んでしまうケースです。たとえば、SECで法人格を取得した時点で「設立完了」と誤認し、その後のBIRやLGU、SSS・PhilHealth・Pag-IBIG(各種法定社会保険)、DOLE(Department of Labor and Employment:労働雇用省)、BSP(Bangko Sentral ng Pilipinas:中央銀行)などへの登録を漏らしてしまうケースがあります。さらにBIRに限っても、登録証書(BIR Form 2303)の取得だけでは不十分で、会計帳簿の登録、印刷許可証の取得、公式領収書・請求書の印刷、EFPSへの登録など、知っていなければ見落としかねない手続きが多数あります。

こうした落とし穴を踏まえると、会社設立に関しては外部の専門家に委託するのが妥当な選択です。

委託先候補のパターンと特徴

では、具体的にどのような委託先があるのでしょうか。会社設立サービスは多くの企業・個人が提供しており、候補となる業者は「専門領域(業態)」と「資本・出自」の2つの軸で整理すると、それぞれの強みと弱みが見えてきます。

専門領域による違い(法律事務所系・会計事務所系・その他コンサル等)

代表的なプレーヤーとして挙げられるのが、法律事務所系と会計事務所系です。その他にも、不動産仲介業者、サービスオフィス業者、飲食業者、ビザ代行業者など様々な業者が会社設立サービスを提供していますが、ここでは「その他コンサル等」としてまとめます。

比較項目法律事務所系会計事務所系その他コンサル等
専門業務法務等会計・税務・給与計算等様々
主な強み正確・高度な法務知識、
複雑なスキーム設計力、
就労VISAも対応可
設立後の会計税務等も継続支援可能柔軟性、本業との連携
業務報酬高い傾向中程度の傾向振れ幅が大きい
品質中~高中~高振れ幅が大きい
推奨ケース複雑な資本政策や合弁契約が必要な大手企業設立後の会計税務等もセットで外注したい企業フィリピンに関する十分な知見・ネットワーク等が既にある企業

法律事務所系は、正確・高度な法務知識に裏打ちされた品質の高いサービスが期待できます。複雑なスキームを検討する場合には法律や判例の確認が欠かせないため、最も適した選択肢です。事務所によっては就労ビザの対応や法定役員への就任まで引き受けてくれるケースもあります。報酬は相対的に高い傾向にありますが、それに見合う品質と安心感が得られます。一方、実際の手続きや設立後のオペレーションを見据えた柔軟な設計については、法律の専門家であるがゆえに対応が限られることもあります。

会計事務所系は、設立後の会計税務を本業としているため、設立から経常業務へのスムーズな移行が期待できます。会社設立と会計税務の委託先が別々になると、選定作業や情報共有が煩雑になりがちなので、これをセットで任せられる点は大きなメリットです。ただし、高度な法務対応や就労ビザへの対応力は事務所によってまちまちで、契約前に確認が必要です。

その他コンサルについては、品質も報酬も業者によって大きな差があります。安価でありながら豊富な実績を持つ優秀なコンサルタントもいれば、プレゼンテーションだけ立派で実力が伴っていない(にもかかわらず高額な)業者も存在します。依頼主自身にそれを見極める目がある場合にのみ、現実的な選択肢となります。

資本・ネットワークによる違い(ローカル系・グローバル系・日系)

専門領域の違いに加えて、その資本や所属するネットワークによっても委託先の特徴は変わります。ローカル系はフィリピン資本でフィリピン業務に特化した業者、グローバル系は世界的なコンサルティングファームや法律事務所・監査法人などを指します。

比較項目ローカル系グローバル系日系
使用言語英語英語日本語・英語
日本人サポート無し基本的に無し有り
業務報酬安い傾向高い傾向中程度の傾向
品質振れ幅が大きい中~高中~高
外資系企業のサポート実績少ない豊富豊富(日系特化)
日系企業のサポート実績少ない少ない豊富
推奨ケースフィリピンに関する十分な知見・ネットワーク等が既にある企業予算が潤沢で、ブランドと世界的なコンプライアンスを重視する企業日本人によるサポートを重視するケース

ローカル系は報酬が安い傾向にある一方、当然ながら日本語サポートはありません。また、日系企業を対象としたサポート実績が乏しいため、外資規制やグローバルビジネスへの理解が不十分なケースや、言語以外の面でもコミュニケーションに苦労することがあります。よほどフィリピンでの長年の経験があり、信頼できる委託先に心当たりがある場合でない限り、積極的には推奨しにくい選択肢です。

グローバル系は世界的なブランド力を持つ反面、報酬は非常に高い水準になります。監査法人を除けば日本人が在籍しているケースは少なく、基本的には英語でのやりとりになります。外資系企業へのサポート実績は豊富ですが、日系企業の特有の事情に精通しているとは限らない点には注意が必要です。

日系は報酬が中程度で、基本的に日本人が在籍しているため日本語でのコミュニケーションが可能です。日系企業特有の背景や事情も共有しやすく、会社設立をスムーズに進める上では心強い存在です。会社設立はフィリピン進出の第一歩であり、多くの場合、未経験の状態で進めることになります。そのため、言語面・文化面でのサポートが手厚い日系の業者への委託が、最も現実的な選択肢となるでしょう。

選定時に確認すべき6つのチェックポイント

委託先を選ぶ際、見積もりの金額だけを判断基準にするのは非常に危険です。複数の業者と面談し見積もりを取得した上で、以下の6つのポイントを必ず確認してください。これだけでも、失敗する確率を大幅に下げることができます。

① 業務範囲

最もトラブルになりやすいのが、「会社設立」の定義をめぐる認識のズレです。フィリピンにおける会社設立業務は、一般的にSEC登記とPost-SEC登録の2段階に大別されます。

SEC登記は会社設立の最初のマイルストーンであり、法人格(支店・駐在員事務所の場合は事業ライセンス)を取得する手続きです。ただし、SEC登記が完了しただけでは営業活動を行うことはできません。その後、BIR-RDO(所轄税務署)、LGU(地方自治体)、SSS・PhilHealth・Pag-IBIG(各種法定社会保険)、DOLE、BSP(中央銀行)など、複数の行政機関への登録(Post-SEC登録)が必要です。

Post-SEC登録は必須のプロセスであるため、これを含めた契約とすることが基本です。また、Post-SEC登録の中でも、従業員の採用タイミングによって手続きの範囲が変わる場合があるので、契約内容の細部まで確認しておくことをお勧めします。

② 担当者の知識・経験・実績

会社設立サービスを提供する業者は数多く存在しますが、その知識・経験・実績のレベルは玉石混交です。知名度の高い業者であっても、実際の担当者が若くて経験の浅い人材だというケースは珍しくありません。また、実務から離れて久しい方は法規制に関する知識がアップデートされていない可能性が高く、その点も見極めが必要です。面談の場では、実際に手を動かしてきた担当者が対応しているかどうか、具体的な経験・実績を確認するようにしてください。

③ 担当者のレスポンスの早さ

会社設立は窓口担当者との頻繁なやりとりが伴うため、レスポンスの遅さは致命的です。日本であれば常識的な返信速度が期待できますが、フィリピンではそうはいきません。連絡が取れないといったトラブルは日常茶飯事で、会社設立の進行に直接影響します。在フィリピンの日本人でもレスポンスが遅い業者は多く、「メールへの返信が遅い」「スケジュール調整に時間がかかる」「見積書・契約書の発行が遅い」といった兆候が契約前の段階で見られる場合は、その業者への依頼は避けた方が無難です。契約後はさらに対応が遅くなる傾向があります。

④ 設立後のオペレーションへの接続

会社設立はゴールではなくスタートです。特に見落とされがちなのが税務申告です。フィリピンでは、BIRへの登録が完了したその月から、売上・取引がゼロであっても各種税務申告の義務が発生します。設立手続きだけを行い、翌月以降の申告は自社で対応するよう引き渡されてしまうと、申告漏れによるペナルティが初月から発生しかねません。毎年の営業許可証(Business Permit)の更新、GIS(General Information Sheet)の提出、給与計算、各社会保険料の申告・納付など、設立後に継続的に発生するコンプライアンス対応は多岐にわたります。委託先がどこまでをカバーするのかを事前に確認し、担当が変わる場合はシームレスに引き継げるよう調整しておく必要があります。

⑤ 法定役員への就任可否

フィリピンの現地法人(株式会社)には、Corporate Secretary(フィリピン国籍かつ居住者が要件)とTreasurer(フィリピン居住者が要件)という法定役員を任命する義務があります。Corporate Secretaryは法務関連の知識がなければ務まらない役職です。支店や駐在員事務所の場合も、居住代理人の任命が必要です。進出当初は社内から選任することが難しいため、委託先がこれらの役職に就任できるか、あるいは信頼できる人物を紹介してもらえるかを確認しておくことが重要です。

⑥ 自社との相性

条件面だけでなく、自社の状況や担当者との相性もしっかり考慮してください。いくつかの観点で整理してみると、最適な委託先が見えやすくなります。

まず、貴社の担当者がフィリピンでの駐在経験があり、英語でのタフな交渉やトラブル対応も苦にしないタイプであれば、コスト重視でローカル系業者を選ぶ選択肢もあります。一方、フィリピンが初めての赴任地であったり、現地の商習慣に不安があったりする場合は、日本語で細かいニュアンスまで相談でき、精神的な負担を軽減してくれる日系業者が適しています。

次に、事業計画の複雑さも選定の重要な軸になります。シンプルな卸売業を立ち上げる場合と、PEZA登録による優遇税制の申請を伴う製造業、あるいは外資規制のある業種で複雑な資本構成を組む場合とでは、求められる専門性がまったく異なります。計画が複雑であるほど、単なる手続き代行ではなくコンサルティング能力のある委託先を選ぶ必要があります。

最後に、担当者とのフィーリングも大切にしてください。実際にオンラインや対面でミーティングをした際、「こちらの意図を汲み取ってくれるか」「話していてストレスがないか」という直感は、思っているより信頼できます。会社設立は数か月にわたるプロジェクトであり、その後の会計税務で長い付き合いになる可能性もあります。「この人なら任せられる」と思えるかどうかが、最終的な決め手になります。

おわりに

会社設立の委託先選定は、フィリピン事業の成否を左右する最初の経営判断です。初期費用を抑えることは大切ですが、「安さ」だけを基準に選んだ結果、手続きの不備で事業開始が数か月遅れたり、設立後の税務処理ミスで多額のペナルティを課されたりしては本末転倒です。

当社では、事前のコンサルティングから設立手続きの代行、さらには設立後の会計・税務申告代行まで、シームレスにサポートしております。委託先をお探しの方、まずは比較検討の一社としてお気軽にご相談ください。