フィリピンに着任した日本人駐在員は、就労許可がそろうまでの数か月間、現地法人から給与を受け取ることができません。この期間の現地給与(もしくはその相当額)をどう渡し、会計上どう処理するか。それが本記事の主題です。
先に結論をお伝えすると、給与勘定を使わずに仮払として渡し、見込みの源泉所得税相当額は預り金として会社に留保します。そして、許可がそろった時点で給与へ振り替え、その月の源泉徴収として申告する方法が、実務上最も多く採用されています。
なぜそうなるのか、他にどのような選択肢があるのか、そして期末をまたぐ場合にどう整理するかを以下にご紹介します。
「就労許可」には2つある
この論点がわかりにくいのは、「就労許可」という言葉が2つの別々の許可を指しているためです。
ひとつはDOLE(労働雇用省)が発給する Alien Employment Permit(外国人雇用許可証。以下「就労許可証」)です。外国人がフィリピンで有給就労することを、労働行政の側から認めるものです。
もうひとつはBI(入国管理局)が扱う在留資格です。9(g)ビザ(就労査証)や、後述する Provisional Work Permit(暫定就労許可)がこれにあたります。その外国人が入管法上、働ける立場にあるかどうかを定めるもので、以下では「就労資格」と呼びます。
就労許可証だけでも、就労資格だけでも足りません。両方がそろって初めて、給与の支払を伴う就労が適法になります。着任直後の駐在員はどちらも持たない状態から始まるため、必然的に空白期間が生じます。
着任から就労許可がそろうまで
通常はTIN→AEP→9(g)という順序
現地法人に着任した日本人駐在員は、通常、次の順序で手続きを進めます。
- TIN(納税者番号)の取得:BIR(国税局)
- 就労許可証の取得:DOLE
- 9(g)ビザへの切替:BI
TINが最初に来るのは、就労許可証の申請でTINの提示を求められるためです。所管がBIR、DOLE、BIと分かれており、前の工程で出た書類が次の工程の必要書類になるため、並行して進めることができません。就労許可証の申請には求人公告の手続きが挟まり、9(g)の申請には就労許可証の写しと公告の実物が必要とされています。
申請には期限があります。Department Order No. 248-25(およびその後の補足ガイドライン)では、就労許可証の申請は雇用契約の締結または任命から15暦日以内、かつ求人公告から15暦日を経過した後に行うものとされています。着任してから書類をそろえ始めると、この期限を過ぎて遅延申請の扱いになります。
所要期間について、DOLEのCitizen’s Charterなどには標準的な処理日数が定められています。ただし、実際の所要日数がそれを上回るのは通例です。着任から9(g)の発給まで、3か月から6か月をみておくのが現実的です。
期間を短縮できるルート
条件次第では、9(g)以外のルートも選べます。
9(d)(Treaty Trader’s / Treaty Investor’s Visa)は、日本とフィリピンの間の通商関係に基づくもので、日本人は対象国民に含まれます。派遣先法人の資本の51%以上を日本人または日本法人が保有していることなど、要件はありますが、執筆時点のBIの9(d)用チェックリストには就労許可証が要求されていません(9(g)用のチェックリストには明記されています)。就労許可証の発給を待たずにビザ手続きを進められるため、全体の期間が短くなります。運用は変わり得るので、申請前にBIの最新のチェックリストをご確認ください。
PEZA登録企業であれば47(a)(2)(特別非移民ビザ)というルートがあり、BOIをはじめとする他の投資優遇機関の登録企業にも同様の枠組みが用意されています。
就労許可証が不要になる場合
Department Order No. 248-25は、ビザの種類ではなく「有給就労に従事するかどうか」で就労許可証の要否を定めています。
ここで用語をひとつ整理しておきます。同令は「除外(Exclusion)」と「免除(Exemption)」を区別しています。除外は、そもそも就労許可証の対象となる就労に該当しない類型。免除は、就労には該当するものの法令上許可を要しないとされる類型で、外交官の配偶者や国際機関の職員などが該当します。日本人駐在員が使えるのは前者です。除外に該当する主なものは次の2つです。
- 議決権の行使のみを行う取締役で、経営や日常業務に関与しない者
- 会社の持分を保有する社長(President)または財務役(Treasurer)
日本人駐在員は現地法人の日常業務に関与するのが普通ですから、前者を使える場面は限られます。よく採られているのは後者、つまり持分を保有する社長または財務役として登記したうえで、DOLEにCertificate of Exclusion(除外証明書)を申請する形です。9(d)と組み合わせれば、就労許可証の取得を待つ工程がなくなります。
PWP(暫定就労許可)
就労許可証と9(g)の発給を待つ間の就労資格として、BIが発給するProvisional Work Permitがあります。DOLEに就労許可証を申請済みであることが前提で、9(g)の申請にあわせてBIに提出します(従来のSpecial Work Permitに代わる制度です)。有効期間は3か月、1回に限り3か月の延長が認められており、通算では最長6か月とされています。9(g)が発給された時点で役割を終えます。
保守的に進めるならこれを取得することになりますが、追加の費用と手続きが発生するため、PWPを経ずに就労許可証から9(g)へ直行するケースが多く見られます。この選択が、後述する会計処理に影響します。
現地法人が給与を支給できない理由
労働法等により、外国人がフィリピンで有給就労するには就労許可証(または除外・免除の証明)が要ります。入管法の側では、就労資格のないビザで働けばBIの問題になります。
現地法人が「給与」を計上すれば、支給の記録と源泉徴収の記録が帳簿と申告書に残ります。それは、許可のない就労が行われていたことを、会社が自ら記録として残すことにほかなりません。これが「支給できない」の中身です。
しばしば混同されるのが税務の話です。給与を支給できないことと、税金がかからないことは別です。フィリピン国内での勤務に対応する所得は、支払地・支払者・就労許可の有無を問わずフィリピン源泉所得として扱われます。就労許可がそろっていない期間についても、本人には所得税の納税義務が生じます。
いつから給与を支給できるのか
制度の建付けから読める答えと、実務で一般的に採用されている方法は異なります。
制度の側から見ると、分岐点はPWPです。PWPの申請要件には、雇用主による「BIRの税を源泉徴収し納付する旨の誓約書」と、給与額を記載した雇用契約書が含まれています。つまりPWPは、給与の支払を伴う就労がその時点から始まることを前提に設計されている制度です。この読み方に従えば、9(g)の発給まで待つ必要は必ずしもありません。逆に、就労許可証が出ていたとしても、PWPや9(g)がない状態では入管側の就労資格がないため、就労許可証の取得だけを理由に給与支給を始めるのは安全な整理とは言えません。
実務の側から見ると、前述のとおりPWPを取得しない企業が多く、その場合は9(g)(あるいは9(d)や投資優遇機関のビザ)の発給が事実上の起点になります。
当局が統一的な見解を公表しているわけではありません。就労許可証が出た時点から支給してよいとする専門家もいれば、9(g)まで待つべきとする専門家もいます。どちらの方針を採るのかを会社として決め、その理由を説明できるようにしておくことが、現実的な落としどころになります。
空白期間の資金をどう処理するか
給与勘定を使わずに資金を渡す
現地法人から本人へ生活費相当の資金を渡すこと自体は、避けられません。給与勘定が使えないため、一時的な債権として処理しておき、許可がそろった時点で給与へ振り替える方法が、最も多く採られている形です。
勘定科目の名称には気をつけてください。Advances to Employees のように従業員であることを前提とした名称を使うと、許可のない期間に雇用関係があったことを帳簿上で示すことになりかねません。Advances や Other Receivables といった一般的な名称にとどめておくほうが無難です。
本人の税務ステータスを先に確認する
預り金の額を決めるには、本人がフィリピンの税務上どの区分に当たるかを先に確定させておく必要があります。フィリピンの個人所得税は、居住外国人(Resident Alien)と非居住外国人(Non-Resident Alien)で扱いが異なり、後者はさらに事業に従事する者とそうでない者に分かれます。事業に従事しない非居住外国人は総所得に対する25%の分離課税となり、累進税率は適用されません。
長期赴任を前提に入国し、現地法人の事務所で勤務する駐在員は、通常、着任時点から居住外国人として扱い、累進税率で見積もることになります。ただし短期の試験的な赴任や、暦年での滞在が短い場合は判断が変わり得ます。
振替時の税負担を平準化する
数か月分をまとめて給与勘定へ振り替えると、その月の源泉所得税(BIR Form 1601-C)が跳ね上がります。まとまった納付資金を急に用意することになり、資金繰りの面でも負担になります。これを避けるため、仮払の段階から見込みの源泉税額を預り金として留保しておく方法がよく使われます。
月額グロス₱250,000の駐在員で、許可がそろうまでに4か月かかったケースで考えます。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 月額グロス | ₱250,000 |
| 年収相当額 | ₱3,000,000 |
| 年間の所得税(概算) | ₱702,500 |
| 月あたりの源泉税(概算) | ₱58,500 |
| 本人へ渡す仮払額(月) | ₱190,000 |
| 会社に留保する預り金(月) | ₱60,000 |
| 4か月後の預り金残高 | ₱240,000 |
振替時の納付は、積み上がった₱240,000でおおむね賄えます。なお上記は、13か月目給与の非課税枠(₱90,000)や社会保険料の控除を考慮しない粗い概算です。超過累進税率の適用により、実際の税額とは差異が生じます。
振り替えた分の源泉徴収をどう申告するか
所得は本来、役務を提供した各月に発生しています。後から振り替えると、その月の源泉徴収と納付の期限はすでに過ぎています。処理は会社側と本人側の2段階に分かれ、どちらか一方を選ぶというより、両方を適用するケースが多くあります。
会社側は、振替を行った月にまとめて源泉徴収します。 その月のBIR Form 1601-Cで申告・納付します。過去の月に遡らないため、遅延に伴う加算税や利子は生じません。所得の帰属月とはずれますが、年間で見れば税額は合います。
本人側は、年次確定申告で精算します。 日本払いの給与がある駐在員は雇用主が複数いる状態になるため、現地法人の年末調整(substituted filing)では年税額が完結せず、BIR Form 1700による確定申告が必要になります。空白期間に対応する分も含め、年税額はここで確定します。
現地法人の源泉徴収だけで完結するのは、給与の全額をフィリピンで支給している場合に限られます。日本本社からの支給がある駐在員では、振替月の源泉徴収を済ませたうえで本人の確定申告まで行って、はじめて精算が終わります。
期末をまたぐ場合
仮払金が期末残高として残ると、監査で使途の説明を求められます。役職員への貸付、あるいは使途の不明な資金と整理されてしまうと、注記や指摘の対象になり得ますし、BIRの調査でも内訳を聞かれやすい勘定です。代表的な選択肢として以下3つが考えられます。
- 監査法人に事情を説明したうえで、仮払金のまま残す
- 日本本社へ請求して精算する
- 許可の取得を待たずに、期中で給与へ振り替える
1を選べるのは、許可の取得が期末後まもなく見込まれ、申請の進捗を書面で示せる場合です。金額が大きくなければ、この整理で済むことが多いでしょう。
2は、許可の取得時期が読めず、期末残高が大きい場合の選択肢になります。ただし、空白期間の給与を出向元である日本本社が負担することになるため、日本側での税務の論点が生じ得ます。出向ステータスであるにもかかわらず現地給与を日本本社が負担する形になり、両者に齟齬が生じるためです。
3は会計上の残高を解消できますが、就労許可のない期間について給与を計上することになります。この記事の前半で述べた理由から、当社では推奨していません。
どれを選ぶかは、許可取得の見込み時期、金額の大きさ、監査人との関係、日本本社の方針によって変わります。期末が近づいてから考え始めると選択肢が狭まります。
誰が給与を負担するか
駐在員の給与を誰が負担し、誰が支払うか、この設計は大きく3つに分かれます。
- 現地法人が現地水準の給与を支給し、日本本社が留守宅手当や給与差額を支給する(最も多い形)
- 日本本社が全額を支払い、その全額を現地法人へ請求する(近年増えている形)
- 日本本社が全額を支払い、現地法人へは請求しない
1で見落とされやすいのは、日本本社が支払う留守宅手当や給与差額のうち、フィリピン勤務期間に対応する部分もフィリピン源泉所得になるという点です。現地法人が源泉徴収する対象ではありませんが、本人がBIR Form 1700で申告する義務は残ります。現地法人の給与計算さえ正しければ足りる、という理解では不足します。
2は、フィリピン側で受け入れる請求の性質が論点になります。マークアップを乗せない人件費の実費精算であれば、日本本社による役務提供の対価ではないため、25%の最終源泉税と12%の最終源泉VATの対象にはならないという整理ができます。管理費や手数料を上乗せして請求すると、役務提供の対価とみられる余地が生まれます。この点については異なる見解もあり、別の記事で扱います。
より直接的に効いてくるのは源泉徴収のほうです。日本本社が立て替えて支払い、その全額をフィリピン側が負担しているということは、フィリピン側がその月の給与を負担しているのと変わりません。そうであれば、現地法人に給与に対する源泉徴収(BIR Form 1601-C)の義務が生じ得ます。日本で支払っているのだから現地法人は関係ない、という整理は成り立ちません。
3には日本側の税務リスクがあります。現地法人が本来負担すべき部分を本社が負担したまま請求しない場合、国外関連者に対する寄附金として全額が損金不算入とされる可能性があります。留守宅手当や給与較差の補填にあたる部分は損金算入が認められますが、現地水準の給与に相当する部分まで本社が負担し続ける整理は、この枠には収まりません。
許可の取得を待つ間は「出張ステータス」として整理する例も見られます。ただし、日比租税条約15条の短期滞在者免税は、①暦年の滞在が183日以下であること、②報酬を支払うのがフィリピンの居住者でない雇用者であること、③報酬がフィリピンの恒久的施設等に負担されていないこと、という3つの要件をすべて満たす必要があります。長期赴任を前提に入国し、現地法人の事務所で働いている駐在員がこれを満たすことは、通常ありません。
着任前に決めておくこと
もし出向元企業で調整可能であれば、着任日を先に決めてしまわないのが望ましいです。就労許可のスケジュールから逆算し、規定上の処理日数より延びる前提で組んでおけば、空白期間そのものを短くできます。
書類の準備は着任前から始めてください。就労許可証の申請には雇用契約の締結から15暦日という期限があり、着任してから慌てて動くと遅延申請の扱いになります。
除外証明書のルートを使うなら、登記上の役職と持分の設計を法人設立や増資のタイミングで済ませておくことをおすすめします。後から役職を変更するとSECでの手続きが発生し、かえって時間がかかります。
仮払金の残高は月次で確認しておいてください。決算作業に入ってから金額の大きさに気づき、対応を迫られるケースをよく見かけます。
おわりに
就労許可、労務、会計、税務が交差する領域で、明確に正しいと言い切れる処理方法があるわけではありません。専門家によって助言が分かれるのもそのためです。
どの方針を採り、なぜそう判断したのかを会社として説明できるようにしておくことが、後から問われたときの備えになります。駐在員の受入れを控えている場合や、すでに発生している仮払金の処理でお困りの場合は、お気軽にご相談ください。