はじめに:ELSEとは何か
PEZAのインセンティブ全般についてはPEZA登録のメリットとデメリット(全体編)で、製造業固有の論点についてはPEZA登録のメリットとデメリット(製造業編)で、IT・BPO企業の論点についてはPEZA登録のメリットとデメリット(IT・BPO編)でそれぞれ解説しています。本記事では、商社・物流企業が対象となるELSE(Ecozone Logistics Services Enterprise、以下「ELSE」)のPEZA登録に絞り、実務上の論点を掘り下げます。
ELSEとは、PEZAエコゾーン内に拠点を置き、PEZA登録輸出企業の生産活動を支えるために原材料・機器の供給や物流サービスを提供する企業類型です。もともとは「Ecozone Facilities Enterprise Engaging in Warehouse Operations(倉庫業務を営むエコゾーン施設企業)」と呼ばれていましたが、現在はELSEとして整理されています。一般的な「商社・物流会社」とは異なり、フィリピン国内の一般市場ではなくPEZAエコゾーンのサプライチェーンを専ら支えることを前提とした、PEZA固有の登録カテゴリーです。
ELSEの登録要件:倉庫機能を持つ商社が対象
ELSEへの登録は、商社・物流業であれば誰でも申請できるわけではありません。BIRが発行したRMC No. 24-2023によれば、単なる運送・フォワーディング業者はELSEの定義から明示的に除外されています。ELSEとして登録できるのは、以下の両方を満たす企業です。
- 倉庫保管施設を設置・運営していること
- 国内または他のPEZA登録企業から物品を調達し、再販または加工・梱包・キット化を行って販売・輸出すること
ELSEがPEZA登録で得られるメリット
関税免税・輸入VAT免税——最大のメリット
ELSEにとってPEZA登録の最大のメリットは、輸入に関わる関税および輸入VAT(12%)の免税です。ELSEがPEZA登録企業向けに供給するために輸入する原材料・機器・設備は、登録活動に直接帰属するものであれば関税・輸入VATが免除されます。
輸入規模が大きい場合、この効果は非常に大きくなります。例えば、年間5,000万ペソの物品を輸入するELSEであれば、輸入VAT(12%)だけで年間600万ペソが免税となります。関税率は品目(HSコード)によって異なりますが、仮に平均5%であれば追加で250万ペソの免税効果が生じます。合計すると年間約850万ペソ(約2,100万円相当)のコスト削減効果となります。ELSEの仕入れコストが直接削減されることは、PEZA登録企業への販売競争力にも直結します。
なお、CREATE MORE法(2024年11月施行)により、免税対象の要件が従来の「Directly and Exclusively(直接的かつ限定的)」から「Directly Attributable(直接帰属する)」へと緩和されており、物流活動に付随する清掃・警備・会計・人事等の管理業務サービスも対象範囲に含まれるようになっています。
PEZA登録製造業企業との取引における競争優位
PEZA登録輸出企業が原材料・部品を調達する場合、買い手(PEZA登録企業)がVATゼロレート証明書を売り手に提示することで、売り手がNon-PEZA企業であってもゼロレートVAT(0%)での販売が可能です。VAT上の扱いという点では、Non-PEZA企業からの調達でもELSEからの調達でも大きな差はありません。
ただし、輸入品の供給という局面では状況が異なります。Non-PEZA企業がPEZA登録企業向けに輸入品を供給しようとすると、輸入時に関税および輸入VAT(12%)が通常どおり課税されます。これらのコストは仕入れ価格に転嫁されるため、PEZA登録企業にとって調達コストが高くなります。
一方、ELSEは輸入時に関税・輸入VATが免除されるため、同じ輸入品をより低いコストでPEZA登録企業に供給できます。特に調達する物品の輸入規模が大きいほど、この価格競争力の差は顕著になります。PEZA登録企業への輸入品供給を主力とする場合、ELSE登録は単なる税制上の優遇にとどまらず、取引先に選ばれるための実質的な競争力の源泉となります。
法人税インセンティブ(ITH・SCIT・EDR)
ELSEは当初、法人税インセンティブの対象外とされていました。しかし2022年のStrategic Investment Priority Plan(戦略的投資優先計画)の改定でELSEがSIPP適格活動として認定され、BIR RMC No. 24-2023がELSEを「輸出企業」と確認したことで、CREATE法およびCREATE MORE法に基づくITH(Income Tax Holiday、法人税免税)・SCIT(特別法人税)・EDR(追加控除方式)の適用対象となりました。
輸出型企業に分類されるため、ITH終了後はSCITとEDRのいずれかを選択できます。ELSEは仕入れ原価(輸入品の調達コスト)が発生するため、売上に対する粗利率はIT・BPOほど高くなりません。SCITは粗利(売上総所得)の5%課税であるため、原価率が高い事業モデルではSCITの逆効果リスクは相対的に低く、SCITが選択しやすい構造と言えます。
ただし、後述するPEZAとBIRの規定の矛盾により、法人税インセンティブの適用についても実務上の不確実性が残る点は留意が必要です。
ELSEのデメリット・実務上の最大の注意点
最大のデメリット:国内(Non-PEZA)向け販売の原則禁止
ELSEに登録する上で最も重要なデメリットは、販売先がPEZA登録企業に原則として限定されることです。
PEZA Board Resolution(以下「BR」)No. 97-366「Guidelines for Registration and Operations of Ecozone Facilities Enterprises Engaging in Warehouse Operations」は、ELSEが国内一般市場(Non-PEZA企業)への販売を行うことを禁止しています。PEZAのIncentives Management Division(以下「IMD」)も、2025年の外部照会に対し「ELSEs are still not authorized to engage in local sales consistent with BR 97-366(ELSEは依然として国内販売を行う権限がない)」と明確に回答しています。
ELSEの販売先として認められているのは、PEZA・BOI・Clark Development Corporation(クラーク開発公社)・Subic Bay Metropolitan Authority(スービック湾都市圏庁)に登録された輸出企業、または海外顧客への直接輸出に限られます。将来的にフィリピン国内の一般市場向けにビジネスを展開したいと考えている場合、ELSEという登録形態は根本的に合わない点を事前に十分認識しておく必要があります。
BIRとPEZAの規定の矛盾——実務上のグレーゾーン
ELSEの実務において現在最も複雑な論点となっているのが、BIRとPEZAの規定の矛盾です。BIR RMC No. 24-2023およびBOI MC No. 2023-001は、ELSEが売上の70%以上を登録輸出企業向けに提供すれば「輸出企業」として認定され、VATゼロレートの適格となると規定しています。この解釈によれば、30%までの国内販売を行いながらもVATゼロレートの恩恵を受けることができるように読めます。
一方、PEZA MO No. 2024-007(2024年11月28日付)は、ELSEのVATゼロレート認証の前提として、売上の**100%**がPEZA・BOI・CDC・SBMA登録輸出企業向けまたは海外への直接輸出から得られることを要件としています。これはBIRの70%ルールと正面から矛盾します。
PEZAのIMDは「PEZA BR No. 97-366(100%ルール)がBIR RMCに優先する」というスタンスを示しており、2025年時点でこの矛盾は最終的に解決されていません。実務上の影響は以下のとおりです。
- ELSEが国内販売(Non-PEZA向け)を行った場合、PEZAはVATゼロレート証明書の発行を拒否する可能性がある
- 国内販売分の取引はVAT課税となり(BIR RMC No. 24-2022)、ELSEとしてのインセンティブが剥奪されるリスクがある
- 法人税インセンティブ(ITH・SCIT・EDR)の適用についても、輸出比率要件(70%または100%)の解釈次第で影響が生じ得る
この論点はELSEを検討する上で重要な不確実性ですが、実務的には保守的にPEZAの解釈を優先せざるを得ません。
国内一般市場に販売したい場合の選択肢
将来的にNon-PEZAの国内一般企業への販売を視野に入れている場合、ELSEの登録形態を維持したまま実現することは事実上困難です。主な選択肢としては以下が考えられます。
一つ目は、日本の親会社または海外法人が国内顧客へ直接販売する方法です。フィリピン国内に在庫を保有する場合は恒久的施設(Permanent Establishment)の論点が生じるため、別途税務上の設計が必要になります。
二つ目は、Non-PEZA法人(フィリピンの一般内国法人)を別途設立し、国内販売機能を担わせる二社体制とする方法です。PEZA法人(ELSE)が輸入・在庫管理を担い、Non-PEZA法人が国内顧客への販売窓口となる形です。管理・申告が法人ごとに独立するため維持コストは増加しますが、PEZA登録のメリットと国内販売の両立が可能となります。
いずれの選択肢も追加コストと手続きを伴うため、事業設計の段階で中長期の販売戦略との整合を取っておくことが重要です。
超過Input VATが蓄積されやすい構造
ELSEのPEZA登録企業向け売上にはゼロレートVAT(0%)が適用されるため、Output VAT(売上にかかるVAT)はほぼ発生しません。一方、倉庫賃料・光熱費・国内業者への外注費など、国内のVAT登録事業者から調達するサービスにはInput VAT(12%)が発生します(PEZA登録企業に直接関係ない場合)。この構造上、Input VATがOutput VATを上回る超過Input VATが継続的に蓄積されやすくなります。
超過Input VATはBIRへの還付申請によって回収することが可能ですが、フィリピンにおけるVAT還付は審査・処理に時間がかかるケースが多く、資金繰りへの影響も生じ得ます。ELSEを検討する際は、この超過Input VATの発生規模と還付サイクルを事業収支の試算段階から織り込んでおく必要があります。
コンプライアンス・報告義務
全体編で解説したとおり、PEZA登録企業にはBIRとPEZAへの月次・年次報告義務が発生します。ELSEでは特に、輸入物品の在庫管理台帳(Inventory Control Record)の整備や、PEZAへの消費報告(Consumption Report)の提出など、輸入品の追跡管理に関わる書類管理が実務上の継続的な負担となります。また、VATゼロレート証明書(VAT Zero-Rating Certificate)の申請・更新手続きも毎年発生します。これらのコンプライアンス対応を適切に行うためには、専門家のサポートが欠かせません。
ELSE登録が向いているケース・慎重に判断すべきケース
ELSE登録のメリットが出やすいケース
- PEZA登録製造業企業への原材料・機器の供給が主力事業であり、輸入規模が大きい
- 販売先が長期的にPEZA登録企業中心で安定しており、国内一般市場への展開を予定していない
- 関税・輸入VAT免税の効果が、登録・維持コスト(専門家費用・申告対応等)を大きく上回る見込みがある
- 倉庫施設を保有しており、ELSE登録要件(倉庫設置+物品調達・再販)を満たしている
慎重に判断すべきケース
- 将来的にNon-PEZAの国内一般企業への販売拡大を重視している
- 輸入規模が小さく、関税・輸入VAT免税の効果が登録維持コストを下回る可能性がある
- BIRとPEZAの規定の矛盾(70%ルールvs100%ルール)が解決されるまで、規定上の不確実性を避けたい
- 倉庫施設を持たない純粋な運送・フォワーディング業者である(そもそも登録対象外)
おわりに
ELSEへのPEZA登録は、PEZA登録企業への供給に特化した事業モデルであれば、関税・輸入VAT免税を中心に強力なメリットをもたらします。一方で、国内販売禁止という本質的な制約と、BIRとPEZAの規定の矛盾に起因する実務上の不確実性も存在します。
登録の判断は、自社の輸入規模・販売先の構成・中長期の事業計画に加え、PEZAや税制等の制度を正確に把握する必要があるため、専門家への確認が不可欠です。ELSE登録の検討やスキーム設計に関するご相談は、お気軽に弊社までお問い合わせください。