フィリピンへの進出を決めたからといって、すぐに設立手続きへ飛び込むのは得策ではありません。事前に決めておくべきことは意外と多く、準備が不十分なまま動き出すと、後から設立やり直しや追加コストが発生するケースが実際に起きています。本記事では、会社設立の前に確認・決定しておくべき事項を順に解説します。各項目の詳細は、それぞれのリンク先の記事をご参照ください。
① そもそも会社設立が必要かを考える
「フィリピンで事業をやりたい」という動機は様々ですが、その目的を達成するために、必ずしも現地法人の設立が必要とは限りません。まずは、会社を設立しなくても実現できないかを冷静に検討することが出発点です。
例えば、日本の商品やサービスをフィリピン市場で販売したいのであれば、現地の代理店やパートナー企業を通じた展開で十分なケースもあります。フィリピン人材を活用したいだけであれば、日本本社で直接雇用する方法や、業務委託契約を結ぶ方法もあります。
一方で、会社を設立した途端に、法務・会計・税務・人事労務といった各種コンプライアンス対応が必須となり、ランニングコストが継続的にかかります。仮に事業がうまくいかず会社を閉鎖することになった場合も、清算手続きに1〜2年程度の期間と相応の専門家費用が見込まれます。これらのコストを上回る収益が期待できる、あるいは最悪の結果でもそのコストを吸収できる規模感かどうか、設立を決断する前に確認しておくことが重要です。
上記を総合的に考慮した上で、フィリピンに会社設立をすることが得策であると判断したのであれば、以下の準備を進めていくことになります。
② 進出形態を選ぶ
会社設立を進めると決まったら、次に検討するのが進出形態です。主な選択肢は以下の3種類です。
- 株式会社(現地法人): フィリピンで独立した法人格を持つ企業体。収益を伴う事業を本格展開する場合の標準的な選択肢。
- フィリピン支店: 日本本社のフィリピン出先機関。法人格は持たず日本本社と同一の法人だが、営業活動や収益計上は可能。
- フィリピン駐在員事務所: 同じく日本本社の出先機関で法人格なし。売上を伴う営業行為は認められておらず、市場調査や連絡業務が主な役割。
駐在員事務所から支店へのアップグレードは認められていますが、支店・駐在員事務所から株式会社への変更はできません。変更しようとすれば、既存の拠点を閉鎖した上で株式会社を新規設立するしかなく、余計な時間とコストがかかります。将来的にどこまで事業を広げるかも念頭に置いて選択することが重要です。
※進出形態に関する詳細記事はこちら
③ 事業内容をある程度固める
進出形態の選択と密接に関わるのが、フィリピンで何をするかという事業内容です。事業内容によって、外資規制の可否、必要な資本金の額、定款への記載内容など、後続するほぼすべての準備事項が変わってきます。この段階で厳密に詰める必要はありませんが、方向性をある程度定めた上で他の準備を進めていくのが現実的です。
なお、事業内容は設立時に提出する定款(Articles of Incorporation)に記載する必要があります。設立後に変更することは可能ですが、株主総会決議などの社内手続きに加えSEC(Securities and Exchange Commission、証券取引委員会)への申請も必要で、手間とコストがかかります。将来手がける可能性のある事業も含めて、あらかじめ幅広く記載しておくのが実務上の定石です。
④ 収益性を試算する
会社設立を進める前に、フィリピン事業の収益性を数字でシミュレーションしておくことは欠かせません。フィリピンは経済水準の割にコスト感が高く、当初の見積りを大きく超えるケースが珍しくありません。少なくとも以下のコストは事前に概算しておく必要があります。
- 法律事務所・会計事務所などの専門家への委託費用
- 現地スタッフの採用費・人件費
- 駐在員を送り込む場合の渡航・住居・ビザ関連コスト
- オフィス賃料(バーチャルオフィスや通常オフィスなど)
- 各種行政手続きの法定費用
- その他事業運営に必要な経費全般
これらのコストを回収して余りある収益が見込めることが、設立を進める大前提です。試算してみた結果、収益の見通しが立たないようであれば、会社設立そのものを見直すか、収益計上を前提としない駐在員事務所という選択肢も考えられます。
※事業運営に要するコストの詳細記事はこちら
⑤ 設立を任せる専門家を選ぶ
フィリピンの法制度や商習慣に精通していない限り、自力で会社設立手続きを進めるのはかなり難しいのが現実です。手続きの誤りや書類の不備が後から発覚してやり直しになったり、本業が後回しになってしまうリスクを考えれば、専門家への委託が賢明です。
委託先の種類
- 法律事務所: 法制度に即した高水準のサービスが期待できる。設立後の法務相談や秘書役などの法定役員の提供をそのまま依頼できるケースも多い。
- 会計事務所: 設立後の会計・税務をそのまま継続して委託できる点が強み。
- コンサルティング会社: 実務的でコスト面では有利なケースもあるが、企業や担当者によってスキル・経験値の差が大きく、選定に注意が必要。
日系・ローカル系・グローバル系という軸
上記の分類に加えて、日系・ローカル系・グローバル系のどれを選ぶかも重要な判断軸です。
- 日系: 日本語でのコミュニケーションが保証される。日系企業の設立に慣れているため、過去の事例に基づいた実務的なサポートが期待できる。費用は中程度。
- ローカル系: ジャパンデスクがない限り英語対応が基本。費用は最もリーズナブルな傾向にあるが、バックグラウンドや商習慣の違いから、やり取りで想定外の手間が生じることもある。
- グローバル系: 世界的なネットワークとブランドを持つ大手法律事務所・監査法人・コンサルティングファーム。複雑な法人スキームを想定する場合や、ブランドを重視する場合の選択肢。費用は最も高い。
複数の候補と面談し、費用・サービス内容・担当者の実力や相性を総合的に判断して決定します。
※委託先選定の詳細記事はこちら
⑥ 外資規制を確認する
フィリピンでは外国資本の参入は原則として自由化されていますが、一部業種には規制が設けられています。規制の内容は憲法・各種法律・大統領令などで個別に定められており、「外国投資ネガティブリスト(Foreign Investment Negative List)」で一覧を確認することができます。
主なパターンは以下のとおりです。
- 外資参入が全面禁止: マスメディア事業、医師・弁護士などの専門職の士業など
- 外資比率に上限がある: 土地保有、広告業、建設業、ギャンブル業、マッサージ業など(一定の比率以下でないと参入できない)
- 最低払込資本金の要件: 規制業種外であっても、フィリピン国内市場向けの事業を外資比率40%超で行う場合はUSD 200,000以上の払込資本金が必要
想定する事業が外資規制に引っかかる場合、出資比率や資本金の水準を調整してクリアできるか検討します。それでも難しければ、現地パートナーや代理店を通じた事業展開を模索することになりますが、最終的に打ち手がなければ事業自体を諦めるしかないケースもあります。他の準備事項に先立って、早い段階で確認しておくべき項目です。
※ 外資規制の詳細記事はこちら
⑦ 資本金の額を決める
外資規制との関係で、資本金の水準も設立前に決めておく必要があります。まず前提として、フィリピンの会社法上、資本金には3つの概念があります。
- Authorized Capital(授権資本): 会社が発行できる株式の上限数・最大金額
- Subscribed Capital(引受資本): 株主が実際に引き受けた株式の金額
- Paid-Up Capital(払込資本): 引受資本のうち、株主から実際に払い込まれた金額
これら3つを同額にすることも可能ですし、授権資本の枠だけ大きめに確保しておき、引受資本・払込資本は当面必要な金額に留めることもできます。2019年施行の改正会社法(Revised Corporation Code)で従来あった比率制限は撤廃されました(増資時には引き続き一定の制限があります)。なお授権資本を増額するには定款変更手続きが必要なため、数年内に増資が見込まれるなら、最初から少し余裕を持った額を設定しておく方が実務的です。
外資規制の文脈で求められる「資本金」は払込資本を指します。外資比率40%超の法人に対する主な最低払込資本金の要件は以下のとおりです。
- 輸出市場型(Export Enterprise): ₱5,000のみ(海外グループ会社向けに製品・サービスを供給する製造業・IT業など)
- フィリピン国内市場型: USD 200,000相当以上
- 小売業: ₱25,000,000以上(Retail Trade Liberalization Act改正、RA 11595による)
外資比率40%以下の合弁会社については「外資」とはみなされないため、上記の最低額は適用されません。ただし現実的には、数か月〜数年分の運転資金を資本金で手当てすることを考えると、最低でも数百万ペソ程度は確保しておくのが一般的です。フィリピン支店・駐在員事務所の場合は、資本金の代わりに「初期送金額」の要件が定められています。
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⑧ 取締役・法定役員を決める
株式会社を設立する場合、改正会社法に基づき、取締役と法定役員を選任する必要があります。
取締役
取締役は2〜15名の範囲で定めます(1名のみで設立できるOPC:One Person Corporationという特殊な形態もありますが、一般的な株式会社の場合は2名以上が必要です)。取締役会の運営実務を考えると、2〜5名とするケースが多いです。取締役は1株以上の株式を保有していることが必須のため、株主兼取締役となるのが通常です。改正会社法では居住要件がなくなったため、日本在住者でも取締役に就任できます。
法定役員(社長・秘書役・財務役)
- 社長(President): 取締役の中から選出。居住要件も国籍要件もなく、日本在住の外国人でも就任可能。
- 秘書役(Corporate Secretary): フィリピン国籍かつフィリピン居住者に限られる。議事録・秘書役証書の発行、株式台帳の管理など、法務面で重要な役割を担うため、法務の知識がある人物でないと務まらない。社内に適任者がいない場合は弁護士事務所への委託が現実的。
- 財務役(Treasurer): フィリピン居住者であれば国籍は問わない。監査済財務諸表への署名が主な責務。駐在員を充てようとするとビザ取得のタイミングや交代の都度手続きが必要になるため、フィリピン人の会計マネージャーを任命するか、会計事務所に委託するのが現実的。
フィリピン支店・駐在員事務所の場合
法定役員の代わりに、居住代理人(Resident Agent)を1名置くことが求められます。フィリピン居住者であれば国籍は問いませんが、行政機関への手続きや連絡を代表して担うポジションのため、法務面のある程度の知識が必要です。信頼できるフィリピン人スタッフを充てるか、弁護士事務所・会計事務所への委託が実務上有効です。
※ 取締役・法定役員の詳細記事はこちら
⑨ 会社名を決める
日本では都道府県単位で同一商号の重複が規制されていますが、フィリピンでは国全体で会社名の重複が認められていません。既に同一・類似の名称が登録されていれば、SECの審査で否認されます。日本の大手グループや旧財閥系の名を含む社名は、すでにフィリピン法人が存在するとして弾かれるケースが頻繁にあります。
こうした事態を避けるため、以下の準備を早めに進めることをお勧めします。
- SECのオンラインシステムで希望する社名が先行登録されていないか事前に確認する
- 複数の候補名をあらかじめ用意しておく
- 否認された場合の代替案(前後に文言を追加するなど)を想定しておく
会社名の末尾は選択式で、”Inc.”(Incorporated)や”Corp.”(Corporation)などが一般的です。フィリピン支店・駐在員事務所の場合は、日本本社の正式名称の後に “Philippine Branch Office” や “Philippine Representative Office” などを付加する形となるため、名称が非常に長くなる点も特徴のひとつです。
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⑩ 銀行口座を開設する
会社設立手続きを進めるには、資本金の払込先となる銀行口座が必要です。ただし、設立前の段階ではまだ会社名義の口座が作れません。そのため、Treasurer-in-Trust Fund Account(TITF)と呼ばれる一時的な口座を開設し、そこに資本金を送金します。SEC登記が完了して法人格が成立した後、この一時口座を本口座へ移管する流れです。
口座開設には書類準備・審査・手続きで相応の時間がかかるため、設立準備の早い段階から候補銀行に打診しておくことを勧めます。主な選択肢としては、BDO・BPI・Metrobankなどのメガバンクのマニラ支店、あるいはジャパンデスクを備えた地場銀行などが挙げられます。
設立後もメインバンクとして長く使い続けることを前提に選ぶのが理想的です。フィリピン支店・駐在員事務所の場合は、日本本社と同一の法人格であるため、日本本社の定款・財務諸表などを公証・アポスティーユ認証付きで提出する必要があり、手続きが一段複雑になる傾向があります。
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⑪ 登記住所を決める
登記住所も、設立手続きの前に確定させておく必要があります。設立前の段階では会社名義での賃貸契約ができないため、候補物件のオーナーと仮申込または内諾に相当する合意をとり、住所を確保した状態で手続きを進めます。SEC登記が完了して法人格が成立した後に、正式な賃貸契約を締結するというのが一般的な流れです。
登記住所には商業利用が可能な物件であることが求められ、コンドミニアムなどの住居は原則として使えません。状況に応じた主な選択肢は以下のとおりです。
- バーチャルオフィス: スタッフが常駐しないフルリモート型の運営に適している。月数千ペソ程度から利用できる手軽さが魅力。
- サービスオフィス(シェアオフィス): バーチャルオフィス・シェアワークスペース・専用ルーム・会議室などを組み合わせて利用できる。会社の成長に合わせてプランを変えやすく、その間も登記住所の変更手続きが不要なため、立ち上げ期から数年間の選択肢として特に有力。世界的なブランドから日系まで選択肢も豊富。
- 通常の賃貸オフィス: ある程度の人員規模になった段階での選択肢。
登記住所を変更する場合、SEC・BIR(Bureau of Internal Revenue、内国歳入庁)をはじめ複数の行政機関への届出が必要となり、手続き完了まで数か月かかることも珍しくありません。専門家への委託費用も生じるため、数年先の人員規模・事業規模を見越して最初から決めることが理想です。
なお、小売店や飲食店のように多店舗展開する場合は、本店とは別に各店舗を支店として登録する必要があります。管轄税務署への登録のほか、各地方自治体からの営業許可証(Business Permit)の取得も必須です。
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⑫ 会計期間(決算期)を決める
フィリピンでは、企業が自由に会計期間を設定できます。ただし実態として、1月〜12月(12月決算)を採用している企業が大半です。行政機関も民間企業も12月決算を前提に動いており、各種の情報発信やスケジュールも12月決算ベースで組まれていることが多いため、最もスムーズに対応できる選択肢です。
日本本社の決算期に合わせて、あえて3月決算・9月決算などを選ぶ日系企業もあります。ただし、フィリピン人スタッフや外部の委託先は12月決算以外に慣れていないことが多く、コンプライアンスの期限管理を自社側でしっかり行う必要があります。期限の見落としが起きやすい点は念頭に置いておくべきです。
フィリピン支店・駐在員事務所の場合は、日本本社の決算期がそのまま適用されるため、選択の余地はありません。
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⑬ 駐在員のビザ・就労許可を確認する
日本人がフィリピンの会社に勤務・駐在する場合、就労を認める適切なビザ・就労許可を取得する必要があります。後回しにされがちなテーマですが、実は会社の資本金額や出資比率と密接に絡む事項であり、設立前の段階から見通しを立てておくことが欠かせません。
9Gビザ(就労ビザ)とAEP(外国人就労許可証)
フィリピンで就労する外国人が最もよく利用するのが9Gビザ(Pre-arranged Employment Visa)です。会社にスポンサーになってもらい、DOLE(労働雇用省)にAEP(Alien Employment Permit:外国人就労許可証)を申請した上で、BI(移民局)から9Gビザを取得する、というのが基本的な流れです。
AEPの取得には、スポンサー企業の払込資本金が一定規模以上であることが求められます。すなわち、資本金をギリギリの水準に抑えた場合、AEPの取得要件も満たせない可能性があるということです。
さらに注意が必要なのが、合弁(ジョイントベンチャー)のケースです。外国資本の持分が40%以下の会社——たとえば外資40%・フィリピン資本60%の構成——は、フィリピンの法律上「フィリピン企業」として扱われます。このため、DOLEは「フィリピン人で代替できる人材を外国人が担う必要があるか」という観点でAEP申請を厳しく審査し、実態として承認を得ることが非常に難しくなります。フィリピン人パートナーと合弁で会社を設立するというアイデア自体は自然ですが、「外国人役員・幹部が現場で指揮をとる」というビジョンを持っている場合、合弁スキームはむしろ障壁になり得ます。
9Dビザ(条約ビザ:Treaty Trader / Treaty Investor)
日本人が利用できる特殊なビザとして9Dビザがあります。これは日本とフィリピンの間の条約に基づく就労ビザで、日本・米国・ドイツの国籍者のみが申請できます。貿易や投資活動に従事することを目的としており、AEPとは別のルートで就労資格を得られる点が特徴です。ただし、投資家・管理職としての役割が要件であり、一般的な従業員としての就労には対応していません。
PEZA 47(a)(2)ビザ
PEZAに登録した企業で働く外国人役員・投資家・管理職・専門職向けのビザです。AEPが不要で移民局への申請のみで取得できる点がメリットですが、当然PEZA登録企業であることが前提です。PEZAに登録できる業種はIT・製造業などに限られており、加えてPEZA管轄エリア内での事業運営が求められます。対象業種・立地が合うのであれば有力な選択肢となります。なお、各社に認められる外国人ビザ保持者の数は全従業員の5%以内という上限があります。
おわりに
以上が、フィリピンで会社を設立する前に確認・準備しておくべき主な事項です。どれか一つでも後回しにすると、設立後に余計な手間や費用が発生したり、事業の開始が遅れたりするリスクがあります。急いで動き出すよりも、事前準備をしっかり固めてから手続きに入ることが、結果的に最も早道です。
当社では、フィリピンでの法人設立サポートから、設立後の経理・記帳代行、BIRへの税務申告代行まで、バックオフィス業務を中心にご支援しています。会社設立の準備でご不明な点があれば、お気軽にご相談ください。