「小売業」とは――法律上の定義と適用範囲
フィリピンで小売業を営む際に最初に確認すべきは、「自社の事業が法律上の『小売業』に該当するかどうか」です。これは参入規制の有無を左右する、実務上もっとも重要な論点のひとつです。
Retail Trade Liberalization Act of 2000(小売自由化法)は、小売業を「一般消費者に対して商品・物品を直接販売する行為、業務または職業を習慣的に行うこと」と定義しています。
「小売業」に含まれないもの(法定除外)
- 零細製造業者の自家製品販売: 資本金10万ペソ以下の製造業者・加工業者・職人等が、自ら製造・加工した製品を一般消費者に直接販売する場合
- 農家・農業者の農産物販売: 自ら生産した農産物を販売する場合
- ホテル・旅館に付随するレストラン運営: ホテルや旅館のオーナーまたは経営者が、宿泊事業に「付随する(incidental)」形でレストランを運営する場合(資本金の多寡を問わない)
- 製造業者による単一直営店での自社製品販売: 製造・加工・組み立てた製品を、自らが所有する一店舗のみを通じて販売する場合(資本金不問)
なお、「ホテル付随レストラン」の免除については、Securities and Exchange Commission(SEC)が2016年のSEC-OGC Opinion No. 16-06において、「一般客に開放されていても、設立の第一義的な目的が宿泊客へのサービス提供の延長線上にある限り、付随性の要件を満たす」という柔軟な解釈を示しています。
飲食・レストラン事業の法的分類――「小売業」か「サービス業」か
飲食業の分類は、フィリピンの外資規制において複雑な論点のひとつです。結論から言えば、どちらにも分類されうるというのが正確な答えです。
小売自由化法の定義にある「消費用物品(goods for consumption)」は、文章の解釈として、調理済みの食品・飲料も含みうるものです。フィリピン最高裁の判例(Marsman & Company, Inc. vs. First Coconut Central Company, Inc.、G.R. No. L-39841、1988年)が確立した「小売業の3要件」、すなわち①反復継続性、②一般消費者への直接販売、③消費用物品の提供、はレストランも一見すると満たしているように見えます。
しかし、DTI・SECといった規制当局の実務慣行は、**事業の「主たる目的(Primary Purpose)」**に着目します。レストランにおける主たる活動は、単なる食材という「商品」の販売ではなく、調理技術の適用・空間の提供・配膳・接客といった「役務(Service)の提供」にあると解釈されるため、伝統的なフルサービス・レストラン、クイックサービス・レストラン(ファストフード)、フードキオスクの多くは、実務上「サービス業」として取り扱われています。
ただし、この境界線は固定されておらず、事業の形態によって「小売業」と認定される場合があります。SECはSEC Opinion No. 19-57(2019年)において、イベント会場でのケータリング事業について「一般大衆に消費用の食品(商品)を反復継続的に直接販売する行為」に合致するとして、小売業と認定しました。また同SECの立場では、テイクアウト専用店舗や、調理済み食品がサービス空間から切り離されて提供される業態は、「物品販売性(小売性)」が優先して認定される傾向があります。
さらに2023年のSEC-OGC Opinion No. 23-10は、企業が定款に記載された主たる目的以外の物品を販売する行為は、事業遂行上「絶対的に不可欠」でない限り付随的権限として保護されず、独立した小売行為とみなされると示しています。この分類の違いが外資参入の規制と資本金要件を大きく変えるため、以下でそれぞれの枠組みを詳しく説明します。
補足①:「飲食店=小売業」という解釈は今もなお広く残っている
上記はDTI・SECの実務慣行に基づく整理ですが、「飲食店は消費用の食品・飲料を一般消費者に直接・反復継続的に販売している」という文理解釈に従い、飲食・レストランは当然に小売業に該当するという見方も、実務家や一部の登録窓口の間で根強く残っています。フィリピンの法令解釈は当局の担当者レベルや地域によっても判断が揺れることがあり、「Primary Purposeによりサービス業」という整理はまだ必ずしも全国一律に定着しているわけではありません。特に地方自治体(LGU)の営業許可申請や、BIRの業種コード付与の場面では、担当者によって小売業として取り扱われるケースも報告されています。
このため、飲食業で進出を図る場合は、DTI・SECへの事前相談を通じて自社の業態がどちらの枠組みで登録・運営できるかを確認したうえで計画を進めることが推奨されます。
補足②:法定資本金と実際の開業コストの乖離
サービス業(外国投資法)の枠組みであれば外資100%で20万ドルの払込資本金が要件となり、小売業の約2,500万ペソと比較して5分の1にとどまります。ただし、この数字はあくまでも法律上の最低資本金であり、実際の飲食店開業に必要な投資額とは大きく異なります。
フィリピンで本格的な飲食店を開業するには、厨房機器・冷蔵設備・換気システム、内装・内外装工事(テナント改装)、サービスエリアの家具・備品、初期仕入れと運転資金、スタッフの採用・研修費用が必要であり、マニラ首都圏のモール内店舗を1店舗出店するだけで数百万〜1,000万ペソ超の初期投資は珍しくありません。複数店舗展開ともなれば、法定資本金の数倍の資本が現実的には必要となります。
言い換えれば、サービス業の枠組みを選んだとしても、飲食事業として存続するために必要な資金力は相当なものであり、「サービス業なら安く参入できる」という理解は過度に楽観的です。小売業(改正小売自由化法)の2,500万ペソという要件は、むしろ現実的な初期投資水準に近い側面もあります。
スパ・エステ・美容院などの純粋なサービス業
スパ・エステ・美容院のように、役務の提供のみを主たる事業とする業態は、小売自由化法の「商品・物品の販売」には該当しないため、同法の規制対象外です。ただし、これらの店舗内で商品(スキンケア製品等)を付随的に販売する場合は、販売規模によって個別の判断が必要になります。
卸売業
一般消費者ではなく事業者に対して販売する卸売業は、「一般消費者向けの直接販売」に該当しないため、小売自由化法の規制対象外です。
小売自由化法の変遷――2000年の制定から2022年改正へ
フィリピンの小売業に対する外資規制は、2000年の小売自由化法(旧法)制定以来、段階的に緩和が進んできました。特に2021年末に署名・翌2022年1月に施行されたRepublic Act No. 11595(以下「改正小売自由化法」)による改正は、制度の枠組みそのものを刷新する大きな変化でした。
旧法(2000年)の枠組み
旧法は外資小売企業の参入条件として払込資本金の規模に応じた4つのカテゴリー(A〜D)を設けていました。カテゴリーAは外資が一切認められず、B以上のカテゴリーでは多額の資本と、DTIによる事前資格審査(Certificate of Prequalification)、親会社の純資産・店舗数・実績についての厳格な要件がありました。事実上グローバル大企業にしか参入できない構造でした。
2022年改正の主な変更点
改正小売自由化法は複雑なカテゴリー制度を廃止し、要件を大幅に簡素化しました。
| 項目 | 旧小売自由化法(2000年) | 改正小売自由化法(2022年) |
|---|---|---|
| 最低払込資本金 | 約1億2,500万ペソ(250万ドル相当) | 2,500万ペソ(約50万ドル) |
| 店舗あたり最低投資額 | 約4,150万ペソ(83万ドル相当) | 1,000万ペソ(複数店舗展開の場合) |
| カテゴリー制度 | A〜Dの4区分 | 廃止・一本化 |
| DTIへの事前資格審査 | 義務(Certificate of Prequalification) | 廃止 |
| 親会社の純資産要件 | 最低US$2億以上(カテゴリーB・C) | 撤廃 |
| 親会社の店舗数・実績要件 | 5店舗以上・5年以上の実績 | 撤廃 |
| 株式の公開募集義務 | 外資80%超の場合30%を公開義務 | 廃止 |
| 外資比率の上限 | カテゴリーAは外資禁止、B以上は100%可 | 2,500万ペソ以上であれば100%可 |
第13次ネガティブリスト(Executive Order No. 113、2026年4月)の意義
ネガティブリストとは何か
Foreign Investment Negative List(以下「ネガティブリスト」)は、外国投資法(Republic Act No. 7042)に基づき、大統領令として定期的に公布されるリストです。フィリピンへの外国投資が制限または禁止される業種を列挙したもので、憲法や既存法律の規定を整理・明示する役割を担っています。
重要な点として、ネガティブリスト自体が新たな権利を創設したり制限を緩和したりする法律ではありません。あくまでも「憲法・法律が定めた外資規制の現状を、業種別に一覧化して公示するもの」です。
第12次ネガティブリスト(2022年)が残した解釈上の曖昧さ
2022年6月に公布された第12次ネガティブリスト(Executive Order No. 175)は、改正小売自由化法の施行後に発行されたにもかかわらず、「払込資本金2,500万ペソ未満の小売業」を引き続き「外資禁止(No Foreign Equity)」の区分に掲載しました。
改正小売自由化法は「2,500万ペソ以上の払込資本金を有する外資小売企業」に参入を認める一方、2,500万ペソ未満への外資出資については明確な規定を置いていませんでした。一部の法律専門家からは「外国投資法の一般原則(ネガティブリストに明示されていない業種は外資参入可)に照らせば、2,500万ペソ未満でも外資40%まで参入を認める余地がある」という見解も示されていましたが、実務上の取り扱いは不明確なままでした。
EO 113(2026年4月)による公式な整理
2026年4月13日、マルコス大統領はExecutive Order No. 113(以下「EO 113」)に署名し、第13次ネガティブリストを公布しました(同年5月2日発効)。
EO 113では、「払込資本金2,500万ペソ未満の小売業」が「外資禁止」の区分から外れ、**「外資最大40%まで参入可(List B)」**の区分に移行しました。これは新たな権利を創設したというよりも、外国投資法の一般原則と改正小売自由化法の自由化の趣旨に沿った解釈を、政府として公式にネガティブリストへ反映させたものと理解するのが適切です。
なお、フィリピンの外資規制は改正・更新が頻繁なため、実際に進出を検討する際は最新の法令・ネガティブリストを必ずご確認ください(執筆時点:2026年5月)。
60:40企業における「フィリピン人所有」の解釈と取締役・役員の問題
60:40とは何か
フィリピンでは、一定の業種について「フィリピン国籍を有する者が株式の60%以上を保有しなければならない」という制限があります(いわゆる「60:40ルール」)。小売業においては、払込資本金2,500万ペソ未満の場合にこのルールが適用されます。
取締役
改正会社法(Revised Corporation Code、Republic Act No. 11232)のもとでは、取締役になるために「フィリピン国籍」は必須要件ではありません。外国人も取締役に就任できます。
ただし、60:40企業(外資40%以下の外資規制業種の法人)の場合、外国人取締役の比率は外資出資比率を超えてはならないとされています。例えば取締役会が5名で構成され、外資出資比率が40%であれば、外国人取締役は最大2名が限度です。なお、旧会社法では取締役の過半数がフィリピン居住者であることが求められていましたが、改正会社法によりこの居住要件は廃止されています。
Anti-Dummy Law(反ダミー法)との関係
Anti-Dummy Law(Commonwealth Act No. 108)は、外資規制業種において「フィリピン国籍者の名義を借りて外国人が実質的な支配権を行使すること」を禁じています。外国人が外資規制業種において取締役会の多数を占めたり、経営・運営・管理の実権を持つ地位(会長・社長・部長等)に就いたりする場合、同法違反に問われるリスクがあります。
現在の参入要件(2026年5月時点)
飲食・レストランがサービス業として分類される場合
フルサービスレストランやファストフードのように、店内での調理・配膳・接客を主たる事業とする飲食業は、実務上「サービス業(国内市場向け企業)」として外国投資法の枠組みが適用されます。外資が国内市場向け企業を100%所有するための資本金要件は以下のとおりです。
| 要件 | 金額 |
|---|---|
| 原則の最低払込資本金 | 20万ドル(約1,100万ペソ) |
| 緩和特例(以下のいずれか1つを満たす場合) | 10万ドル(約550万ペソ) |
緩和特例の条件は、①DOSTが認定した「高度技術(Advanced Technology)」を伴う事業、②革新的スタートアップ法(RA 11337)に基づくスタートアップ認定、③フィリピン人従業員を直接15名以上雇用していることの3つのうちいずれか1つです。
飲食事業においては、シェフ・キッチンスタッフ・ウェイター・清掃員等の雇用が不可欠であり、中規模の1店舗を開業するだけで15名の雇用要件は自然と満たされることがほとんどです。このため、**実務上、外資100%のレストラン設立に必要な最低資本金は実質10万ドル(約550万ペソ)**と考えることができます。なお、サービス業の場合は小売自由化法のような「1店舗あたりの最低投資額」という要件は存在しません。
飲食・物販が小売業として分類される場合
テイクアウト専門店、物販併設型カフェ、ケータリング事業者など、事業の主軸が「物品の直接販売」とみなされる場合、小売自由化法(改正小売自由化法)が適用されます。
| 区分 | 払込資本金 | 外資比率の上限 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 外資小売企業(大規模) | 2,500万ペソ以上 | 100%可 | 常時維持義務あり |
| 小規模小売(合弁等) | 2,500万ペソ未満 | 最大40% | EO 113により容認(フィリピン人60%以上必要) |
| フィリピン人100%所有 | 制限なし | ― | 規制なし |
小売業の場合、複数店舗展開には1店舗あたり1,000万ペソ以上の投資(設備・在庫等を含む総資産)が追加で必要となります。この表が示す通り、「サービス業」として分類された場合(実質US$10万)の資本的負担は、「小売業」として分類された場合(約US$50万)の5分の1にとどまります。
小売業・飲食業への進出形態の選択肢
フィリピンへの進出にあたり、どの形態を選ぶかは事業規模・ブランド戦略・リスク許容度によって異なります。
① 100%外資子会社(Wholly Foreign-Owned Corporation)
サービス業(飲食)の場合: 原則20万ドルの払込資本金で設立可能。完全な経営権とブランドコントロールを確保できます。多店舗展開にも制約がなく、中規模以上の飲食チェーンが採用するケースが多い形態です。
小売業の場合: 払込資本金2,500万ペソ以上が必要。日系の大手小売・専門店が採用するケースが多い形態です。
② 合弁会社(Joint Venture)
払込資本金2,500万ペソ未満で小売業に参入したい場合や、フィリピン市場への参入リスクを抑えたい場合の選択肢です。EO 113(第13次ネガティブリスト)の施行により、払込資本金2,500万ペソ未満の小規模小売業でも外資最大40%での参入が公式に認められました。これにより、例えばテスト出店を目的としたハイブリッド型の飲食・物販店舗を少額資本で展開することも可能になっています。
フィリピン人パートナーが60%以上を保有するため、信頼できる相手の選定と株主間契約(Shareholders’ Agreement)の整備が成功の鍵を握ります。
③ フランチャイズ(Franchise)
フィリピンのレストラン・フランチャイズ市場は東南アジア最大規模(2025年時点で約1,800ブランド・12万店以上)を誇り、日本・米国・韓国などの外食ブランドが多数進出しています。
フランチャイズビジネス自体(マスターフランチャイズ権の保有と許諾)はネガティブリストの制限対象に含まれておらず、対象産業が外資に開放されている限り、外資100%のマスターフランチャイジー法人をフィリピン国内に設立することは合法です。
ただし、外資100%のフランチャイジー法人が自ら直営店舗を保有・運営して商品を直接販売する場合は、その部分に小売自由化法(2,500万ペソ)が適用される可能性があります。一方、直営店を持たず地場資本のサブフランチャイジーへのライセンス供与・コンサルティング・ロイヤリティ徴収に特化する構造(IP Holding & Management Company)であれば、完全なサービス業として20万ドルの資本金で外資100%展開が可能です。
④ ライセンス・代理店契約(Licensing / Distributor Agreement)
自社商品をフィリピン市場に展開したいが直接の小売・店舗運営は行わないという場合、フィリピン法人に商品の独占販売権や商標ライセンスを付与する形が考えられます。参入コストは最も低い一方、ブランドコントロールや品質管理の面でリスクが高く、パートナーへの依存度が大きくなります。
「配偶者名義」などのダミー利用について
外資規制を回避する目的で、フィリピン人の配偶者や知人の名義を借りて実質的な支配権を外国人が握る「ダミー」の利用は、Anti-Dummy Lawの違反です。名義人が「真の所有者でない」と認定された場合、その契約は無効とされ、刑事罰(最大15年の禁固刑および罰金)の対象にもなります。
おわりに
フィリピンの小売業・飲食業に対する外資規制は、2022年の改正小売自由化法・外国投資法の改正と2026年EO 113(第13次ネガティブリスト)を経て、大きく変化しました。
実務上のポイントをまとめると、飲食業においては事業形態によって「サービス業」(外国投資法、20万ドル)と「小売業」(小売自由化法、約50万ドル)の二つの法的枠組みが使い分けられます。店内での調理・配膳・接客を主体とする業態はサービス業として取り扱われることが多く、この場合の資本負担は小売業の5分の1にとどまります。一方でテイクアウト専門やケータリング等は小売業とみなされるリスクがあり、事業計画の策定段階から法的分類を意識した設計が重要です。
自社の進出形態の選択、資本構成の設計、役員体制の整備など、実務上の判断には個別の事情が大きく関わります。フィリピンへの進出をご検討の際は、弊社までお気軽にご相談ください。