フィリピンから日本の親会社に配当・利息・ロイヤルティを送金する際には、フィリピン国内法に基づく最終源泉税が課されます。日比租税条約を適用すれば税率を大きく下げられますが、条約上の軽減税率は申請なしに自動的に適用されるわけではありません。恩恵を受けるためには、BIRのITAD(International Tax Affairs Division、国際税務担当部署)に申請を行い、Certificate of Entitlement to Treaty Benefit(以下「証明書」)を取得する必要があります。ここでは、申請方式の選び方から必要書類、発行までの期間、そして申請すべきかどうかの判断までを扱います。
条約でどこまで税率が下がるか
現行の日比租税条約による限度税率と、フィリピン国内法の税率を並べると次のようになります。
| 所得の種類 | フィリピン国内法 | 日比租税条約 |
|---|---|---|
| 配当 | 25%(受領者の居住地国で一定の税額控除が認められる場合は15%) | 10%(議決権株式の10%以上を6か月以上保有する場合)/その他は15% *¹ |
| 利息 | 20%(フィリピン法人が海外から借り入れた資金の利息)/その他は25% | 10% |
| ロイヤルティ | 25% | 10%(映画・テレビ用フィルムの使用料は15%*²) |
金額に置き換えると差は大きくなります。日本の親会社に年間₱10,000,000のロイヤルティを支払っている場合、国内法の25%では₱2,500,000、条約の10%では₱1,000,000となり、年₱1,500,000の開きが生じます。条約そのものの内容は日・フィリピン租税条約の基礎で扱っています。
この差額が誰の利益になるかは契約次第です。源泉税を日本側が負担する建て付けであれば軽減の効果は親会社の手取りに現れ、フィリピン側がグロスアップして負担する契約であればフィリピン法人のコストが下がります。申請の是非を検討する前に、契約書でどちらになっているかを確認してください。なお、2026年5月に署名された新しい日比租税条約が発効すれば配当とロイヤルティの税率はさらに下がりますが、執筆時点では未発効のため、いま申請する案件は現行条約に基づいて処理することになります。
3つの申請方式
事前申請(TTRA:Tax Treaty Relief Application)
取引を行う前にITADへTax Treaty Relief Application(以下「TTRA」)を提出して審査を受け、軽減税率の適用が認められた上で取引を行う方式です。BIRから正式な確認を得てから税率を適用できるため確実性は高いのですが、審査の完了まで時間を要するため、支払いのタイミングに間に合わせることが難しいという問題があります。
事後申請(RFC:Request for Confirmation)
源泉徴収義務者であるフィリピン法人が、まず軽減税率を適用して源泉徴収・納税を行い、その後にITADへ申請して証明書を取得する方式です。支払いのタイミングを待つ必要がないため、実務ではこの方式が主流になっています。申請期限は、源泉徴収を行った課税年度の終了後、第4月の末日までです。暦年(1月〜12月)課税の法人であれば翌年4月30日が期限となります。
万一申請が否認された場合は、本来の税率との差額を追加で納付することになり、これに加算税と延滞利息が上乗せされます。適用の可否に疑義がある取引では、この負担を織り込んだうえで判断してください。
通常税率で納税してから還付を請求する方式
いったん国内法上の通常税率で源泉徴収・納税を行い、その後TTRAを申請して証明書を取得した上で、超過納付分についてBIRへ還付を請求する方式です。還付の申請にはBIR Form No. 1914(Application for Tax Credits/Refunds)を使用し、過誤納付の日から2年以内に申請する必要があります。
制度上は有効な手段ですが、フィリピンの還付申請は承認までのハードルが高く、審査期間も長期化しやすい傾向があります。事後申請で軽減税率を確定させる方式と比べてあえてこちらを選ぶ理由は乏しく、実務で選択されることはほとんどありません。
事後申請の手順
事後申請の基本的な流れは次のとおりです。
- 軽減税率を適用して源泉徴収を行い、BIRへ納税する
- 必要書類を準備する(日本側の書類はアポスティーユの取得が必要)
- ITADへ申請書類一式を提出する
- BIRによる審査・照会に対応する(追加書類の提出を求められることがあります)
- 証明書が発行される
1については、租税条約を適用することを見越して、あらかじめ軽減税率で納税しておく点に留意してください。税務申告書を提出する際には、租税条約の適用(Availing Tax Treaty)の欄にチェックを入れる必要があります。ここを失念すると、後の照会で説明を求められることになります。なお申請は、源泉徴収義務者が非居住者ごと・取引の種類ごとにまとめて行いますので、同じ相手への支払いごとに別々の申請を出す必要はありません。
申請の主体はフィリピン側の源泉徴収義務者ですが、Tax Residency Certificate(以下「居住者証明書」)をはじめ、書類の大半は日本の所得受領者側で用意することになります。居住者証明書は日本の納税地を所轄する税務署が発行しますので、取得の依頼は早めに日本本社へ回してください。日本とフィリピンの双方で書類を揃える必要があることを着手前に共有しておくと、手戻りが減ります。
必要書類
BIRが定める必要書類は、所得の種類を問わず求められる共通書類と、所得の種類ごとの追加書類に分かれます。
共通書類
- Letter-request(申請趣旨書)
- BIR Form No. 0901(Application for Relief from Double Taxation、租税条約適用申請書)※所得受領者または代理人が署名
- Tax Residency Certificate(居住者証明書)※該当期間のもの
- Proof of remittance(送金証明書類)※銀行書類・預金証書・電信送金証明等
- Withholding tax return with alphalist(源泉税申告書、アルファリスト付)
- Proof of payment of withholding tax(源泉税納付証明)
- Notarized Special Power of Attorney(公証済委任状)※代理人が申請する場合
- Articles of Incorporation and By-Laws(定款)・Certificate of Incorporation(設立証明書)
- SEC Certificate of Non-Registration(非登録証明)※日本法人がフィリピンで登記されていないことの証明
所得の種類別の追加書類
配当(Dividends)
- Board Resolution(取締役会決議書、配当額・宣言日等を記載)
- Sworn Statement on the stockholdings(株主構成に関する宣誓証明書)
- 最新のAudited Financial Statements(監査済財務諸表、BIR・SEC受領印あり)
- General Information Sheet(株主・役員情報届出書)
- 配当の対象となる株式が、フィリピン国内の恒久的施設に紐づいていないことの証明
利息(Interest)
- Duly executed loan contract(ローン契約書)
- Proof of remittance(送金証明書類)
- 利息の対象となる債権が、フィリピン国内の恒久的施設に紐づいていないことの証明
- 貸主と借主が関連会社である場合は、金利が独立当事者間の水準であることの証明
ロイヤルティ(Royalties)
- License Agreement duly executed by the parties(ライセンス契約書)
- Proof of ownership of the subject intangible(対象権利の所有証明、特許・商標等)
- 当該権利が、フィリピン国内の恒久的施設に紐づいていないことの証明
支店利益送金(Branch Profit Remittance)
- Sworn Statement indicating the amount and date of remittance(送金額・送金日を記載した宣誓証明書)
- AFS of the branch(支店の監査済財務諸表)
事業利益・役務提供(Business Profits / Services)
- Contract duly executed by the parties or their authorized representatives(契約書)
- Special Power of Attorney(契約の署名者に署名権限を付与する特定委任状)
- Sworn Statement(役務内容・提供場所・担当者情報等を記載した宣誓証明書)
- Proof of entry and exit(入出国証明またはパスポート)
- Certificate of Project Completion(プロジェクト完了証明書)
- Invoice(請求書)
なお、BIRは必要と判断した場合、上記以外の追加書類を求める権限を留保しています。
日本で作成した書類の認証
日本で作成した書類をフィリピンに提出する場合、外務省によるアポスティーユの取得が必要です。フィリピンは2019年5月からアポスティーユ条約の締約国となっているため、駐日フィリピン大使館での領事認証は不要になりました。
居住者証明書や登記事項証明書のような公文書は、そのまま外務省へ持ち込めばアポスティーユが付されます。一方、宣誓証明書や委任状のような私文書は、まず公証役場で認証を受け、その後に外務省のアポスティーユを取得するという二段階の手続きになります。認証のない書類は受理されないため、日本側の準備には相応のリードタイムを見込んでください。
証明書が発行されるまでの期間
BIRの規定上は、書類が完備してから4か月以内に処理することとされています。しかし実務では、ITADの案件滞留や担当者とのやり取りによって、規定どおりに進まないことが少なくありません。当社が把握している範囲での目安は次のとおりです。
- 配当・利息・支店利益送金など、事実関係が比較的単純な案件:3〜4か月程度
- ロイヤルティ・役務提供など、恒久的施設の有無や役務の提供場所が論点になりやすい案件:6か月〜1年以上
追加書類の照会が入った場合や、申請内容に論点がある場合はさらに長期化します。証明書の取得を前提に税務処理を組み立てる場合は、この期間を織り込んでスケジュールを引いてください。
証明書の継続利用と更新
一度取得した証明書をその後も使えるかどうかは、所得の性質によって扱いが分かれます。配当・利息・ロイヤルティのように繰り返し発生する支払いについては、証明書に記載された前提条件が引き続き満たされている限り、その後の支払いのたびに新たな申請を行う必要はありません。株主構成が変わった、契約条件が変わったといった実態の変更があれば、その時点で申請し直すことになります。
これに対して、事業利益や役務提供、キャピタルゲインのように取引ごとに事実関係が異なるものは、取引ごとの申請が必要です。とりわけ役務提供の場合、恒久的施設の有無が担当者のフィリピン滞在日数によって判定されるため、契約が複数年にわたるときは毎年の更新申請が求められます。更新にあたっては、その年の居住者証明書、役務内容と従事者を記載した宣誓証明書、入出国記録、請求書と支払記録などを改めて提出します。
居住者証明書には有効期限があるため、証明書を継続利用する場合でも、年ごとに取得し直しておくのが原則です。実務上は提示を求められてから対応しても支障のないケースが多いものの、税務調査では証明書の写しと、そこに記載された要件が満たされていることの裏づけ資料の提示を求められます。ファイルとして保管しておいてください。
役務提供の場合、VATは条約の対象外
日本の親会社への役務提供対価について条約を適用する際、見落とされやすいのがVATの扱いです。租税条約は所得税(法人税・源泉所得税)に関する二重課税の排除を目的としており、間接税であるVATには適用されません。そのため、恒久的施設がないことを理由に事業利得として最終源泉税が免除されたとしても、フィリピン国内で提供された役務に対する12%の最終源泉VATの納付義務は残ります。
条約の適用によって全体の税負担がどこまで下がるのかを試算する際は、この12%を差し引いて考えてください。なお、支払者側がVAT登録事業者であれば、この最終源泉VATは仕入税額として控除できるため、資金繰り上の立替えにとどまります。海外への支払い全般の課税関係はフィリピンのクロスボーダーサービス課税で扱っています。
申請にかかるコストと費用対効果
自力で申請するか、委託するか
証明書の取得申請は、ITADとのやり取りや書類要件の確認など、フィリピンの税務実務に慣れていなければ対応が難しい手続きです。加えて、日本本社とのやり取りや日本側の制度への理解が不足していると、書類の準備段階で止まりがちになります。自力で申請を試みる企業もありますが、書類の不備による差し戻しや審査の長期化が起きやすく、結果として担当者の時間を大きく取られることになりがちです。委託先としては、日系の会計事務所やBig4が候補になります。
費用対効果の目安
申請にかかるコストは主に次の3つです。
- 専門家への委託費
- 日本側での書類取得費用(居住者証明書の取得、公証、アポスティーユ)
- 日本・フィリピン双方の担当者の時間
これらを合計すると、削減できる税額が小さい場合はコスト負けします。当社では、軽減される税額が年間で₱1,000,000程度を超えないのであれば、申請を見送るという判断も十分に合理的だと考えています。
判断が分かれるのは単発の取引です。配当・利息・ロイヤルティのように毎年継続して発生し、かつ一定の規模がある取引であれば、一度証明書を取得すれば以後も使えるため、申請のメリットは大きくなります。一方、一回限りの少額の役務提供のために書類一式を揃えるとなると、削減できる税額よりも手間のほうが大きくなることがほとんどです。
おわりに
日比租税条約の軽減税率は、使えば税負担を確実に下げられる一方で、証明書の取得には専門的な知識と数か月単位の時間がかかります。取引の規模と継続性、所得の種類を踏まえて、申請するかどうかを先に見極めてから着手するほうが結果的に無駄がありません。申請の要否の検討から手続きの実務対応まで、ご不明な点があればお気軽にご相談ください。