フィリピンで人を雇う以上、保険の管理は避けて通れない実務のひとつです。法律で加入が義務付けられている3つの公的保険(SSS・PhilHealth・Pag-IBIG)に加え、現地の雇用慣行として実質的に欠かせない民間医療保険(HMO)についても、雇用主としての理解が求められます。本記事では、それぞれの制度の概要と保険料の計算方法、そして実務上気をつけるべき点を順に説明します。

3つの法定社会保険

SSS(Social Security System)

日本の厚生年金・雇用保険・労災保険を合わせたような制度です。毎月保険料を拠出することで、従業員は以下の給付を受ける権利を得ます。

  • Retirement(退職年金):一定期間拠出した従業員への年金給付
  • Sickness / Disability(疾病・障害手当):病気や怪我で働けない期間の所得補償
  • Maternity(出産手当):出産に伴う休暇期間の給付
  • Death / Funeral(死亡・葬儀給付):本人死亡時の遺族への給付

PhilHealth(Philippine Health Insurance Corporation)

公的な医療保険制度です。ユニバーサルヘルスケア法に基づき、法律上は国民皆保険と位置付けられていますが、実態は日本の健康保険とは大きく異なります。日本では治療費が一律2〜3割負担に抑えられますが、PhilHealthは治療の種類ごとにカバーの上限額が設定されており、それを超えた分は全額自己負担です。よほど軽微な治療でない限り、患者の自己負担が大部分を占めるのが現実です。

Pag-IBIG / HDMF(Home Development Mutual Fund)

従業員の住宅取得を支援するための公的基金です。「Pag-IBIG」という呼称が広く使われていますが、正式な機関名はHDMF(Home Development Mutual Fund)です。日本の財形貯蓄に近い性格を持ちますが、フィリピンでは公的機関が運営しており、法定の社会保険として位置付けられています。

フィリピン人従業員は加入と保険料納付が必須ですが、外国人(駐在員等)は任意加入とされており、実務上は加入しないケースがほとんどです。また法定の拠出とは別に、各従業員が任意でSaving Program(貯蓄商品)を積み立てることも可能です。

保険料の計算方法

3つの法定社会保険はいずれも、Contribution Table(保険料算出表)に基づいて保険料を計算します。仕組みは日本の社会保険と同様で、月の基本給をもとに等級別の標準報酬月額を確認し、それに保険料率を乗じて算出します。従業員負担分と雇用主負担分の割合も、Contribution Tableで定められています。

全体的な特徴として、日本と比べると保険料率は低く、標準報酬月額の上限額も抑えられています。日本人であれば駐在員・現地採用を問わず月給が上限額を超えるケースがほとんどのため、給与に占める社会保険料の割合は相対的に低くなります。ただし、フィリピンでも段階的な引き上げが続いており、最新のContribution Tableを随時確認することが重要です。

SSS

2026年時点のSSS保険料率は労使合計15%(雇用主10%・従業員5%)です。標準報酬月額(Monthly Salary Credit)の上限は₱35,000、下限は₱5,000に設定されています。なお、標準報酬月額が₱20,000を超える部分については、SSSが運営する強制積立型の退職積立制度「MySSS Pension Booster(MPF)」への追加拠出が別途発生します。

具体例として、月給Php100,000の従業員の場合、標準報酬月額は上限の₱34,750が適用されます。その結果、雇用主負担が₱3,530、従業員負担が₱1,750、合計で₱5,280となります。月給₱100,000に対する割合は労使合計でも5%強にとどまります。

参照:SSS Website

Philhealth

PhilHealthの保険料率は月額基本給の5%(2025年現在)で、労使折半です。標準報酬月額の下限は₱10,000、上限は₱100,000に設定されています。

月給₱100,000の場合を例にとると、5%を乗じた労使合計₱5,000が月額保険料となり、雇用主・従業員それぞれ₱2,500ずつの負担です。月給が₱100,000を超えても、労使合計の上限は₱5,000です。

参照:Philhealth Website

Pag-IBIG / HDMF

Pag-IBIGは3つの中で最もシンプルな計算です。月給が₱1,500超の場合、拠出率は労使それぞれ2%(合計4%)で、計算の基礎となる月額報酬の上限は₱10,000です。ほぼすべての従業員が上限を超えるため、実務上は雇用主・従業員それぞれ₱200(合計₱400)の固定額として扱われます。

保険料の源泉徴収と納付

従業員負担分は毎月の給与から源泉徴収し、雇用主負担分と合算して翌月に各機関へ納付します。各機関はオンラインポータルを提供しており、まずポータルから従業員リストと拠出額一覧を提出してRPN(リファレンス番号)を取得したうえで納付する流れです。窓口での納付も可能ですが、eGovを通じたオンライン納付の方が効率的です。

民間医療保険(HMO)

なぜHMOが必要か

フィリピンでビジネスを行う上で、法定保険と並んで欠かせないのがHMO(Health Maintenance Organization)と呼ばれる民間医療保険です。

前述のとおり、PhilHealthのカバー範囲と補償額は限定的で、入院や手術を伴う場面では治療費の大部分が自己負担となります。日本のような高額療養費制度も存在しないため、重篤な疾患や長期入院が発生した場合の経済的負担は相当なものになります。

こうした状況を補完するためにHMOが広く普及しており、会社が団体で加入して従業員にベネフィットを付与するのが一般的な形です。会社としては保険料分のコスト増となりますが、フィリピン人従業員にとってHMOは最も重視する福利厚生のひとつであり、採用力やリテンションにも直結します。従って、HMOへの加入は強く推奨されます。

代表的なHMOプロバイダー

HMOごとに利用できる病院・クリニックのネットワークが異なるため、自社の従業員が日常的に利用する医療機関が含まれているかを確認することが選定のポイントになります。代表的なプロバイダーは以下のとおりです。

  • Maxicare:フィリピン最大手。提携病院・クリニックの数が多く、信頼性が高い。
  • Intellicare:日系・外資系企業での導入実績が多く、カスタマーサポートに定評がある。
  • Medicard:独自のクリニックを多数展開しており、スムーズな受診が可能。
  • PhilCare:中小規模のプラン設計に柔軟で、コストパフォーマンスが良い。

プランの費用感とカバー水準(目安)

プランの内容は、MBL(Maximum Benefit Limit:年間補償限度額)によって決まります。大まかな目安は以下のとおりで、オプションを追加することで段階的に拡充できます。

一般社員向けプラン

  • 年間保険料:約₱15,000〜25,000 / 名
  • MBL:₱100,000〜150,000
  • カバー内容:入院、外来、緊急治療、基本的な歯科(クリーニング等)

マネジメント・駐在員向けプラン

  • 年間保険料:約₱35,000〜60,000 / 名
  • MBL:₱200,000〜500,000
  • カバー内容:上記に加え、個室入院(Standard Private)の保証、より手厚い検査項目

従業員の家族を対象に含める場合

会社によっては、従業員本人だけでなく家族もHMO加入の対象とし、保険料を会社負担とするケースがあります。その場合、課税上の扱いに注意が必要です。なお、従業員本人のHMO保険料は課税対象外です。

  • 管理職(Supervisor以上)の家族向け保険料:フリンジベネフィット税の対象
  • 非管理職(Rank-and-File)の家族向け保険料:従業員の給与所得として課税対象

課税を避けたい場合は、加入対象を従業員本人のみに限定するか、家族分の保険料を従業員自身の負担とする方法が考えられます。

実務上の留意点

試用期間中(Probationary)の取り扱い

試用期間中であっても、雇用初日から法定社会保険の加入義務が発生します。試用期間を理由とした適用除外はありません。一方でHMOは任意の制度であるため、試用期間が終了し正社員となってから加入とする運用も可能です。

遅刻・欠勤発生時の取り扱い

遅刻や欠勤による基本給の減額があった場合、その月の標準報酬月額の等級が変わる可能性があります。毎月の給与計算結果と各保険機関への申告額が一致しているかを、都度確認する習慣が必要です。

各種給付金(Sickness / Maternity)の立替払い

SSSには病気手当、産休手当、育休手当などの給付制度がありますが、申請から実際の給付まで一定のタイムラグが生じます。そのため実務上は、まず会社が従業員に全額を立て替えて支払い、後からSSSに対して還付(Reimbursement)を請求する流れになります。この還付手続きには書類が多く、対応を怠ると会社が損失を被ることになるため、確実に管理する必要があります。

外国人(日本人)社員の取り扱い

駐在員であっても、原則としてSSSとPhilHealthへの加入義務があります(Pag-IBIGは加入任意)。

SSSについては、日比社会保障協定に基づく免除申請が認められれば、拠出義務が免除されます。ただし、協定の適用は自動的にはなされず、SSSへの免除申請が受理されて初めて有効になります。また、現地採用の日本人については、日本で国民年金に任意加入していない場合は免除対象にならない点にも注意が必要です。

PhilHealthについては免除制度がなく、駐在員を含む外国人も強制加入となります。この点を誤解しているケースが散見されますので、確認しておくことをお勧めします。

おわりに

法定社会保険の仕組みそのものは難しくありませんが、給与計算と連動する実務対応や、外国人・試用期間中の特殊な取り扱いなど、細かい論点が多い領域です。誤りがあると従業員の手取りや給付に直接影響が及ぶため、確実な対応が求められます。給与計算や各種社会保険の手続き代行については、弊社までお気軽にご相談ください。