年次決算において避けて通れないのが、法定の会計監査です。日本では上場企業や会社法上の大会社でなければ監査を受ける機会はほとんどありませんが、フィリピンはその義務の裾野が広く、多くの企業が対象となります。本記事では、監査の対象基準や目的・成果物、具体的な監査の流れ、そして計画どおりに進めるためのポイントを順に説明します。

会計監査の対象となる企業

監査が必要かどうかは、SECとBIRという二つの機関がそれぞれ独立した基準で判断します。どちらか一方の基準を満たせば、監査済財務諸表の提出が必要です。

SECの基準

SECは、企業の総資産または総負債が300万ペソを超える場合に、独立監査人による監査済財務諸表の提出を求めています。この基準は、2025年12月期以降に適用される改定後の水準です(改定前は60万ペソが閾値でした)。閾値の引き上げにより、ごく小規模の企業は監査不要となりましたが、一定規模以上の事業活動を行っているフィリピン法人であれば、多くの場合この基準に該当します。

BIRの基準

BIRは、企業の年間総売上が300万ペソを超える場合に、独立監査人による監査済財務諸表の提出を求めています。SECの基準が資産・負債の残高ベースであるのに対し、こちらは売上ベースという違いがあります。駐在員事務所のように売上が発生しない形態の場合はこの基準の対象外となりますが、事業活動を行うほとんどの法人は300万ペソを超える売上があるため、実務上は多くの企業が該当します。

まとめると

SECまたはBIR、いずれかの基準を満たせば監査済財務諸表の提出が求められます。事業規模を問わず、フィリピンで通常の事業活動を行っている日系法人であれば、監査が不要になるケースはほぼないと考えておくべきでしょう。

会計監査の目的と成果物

会計監査の目的

会計監査は、その企業と利害関係を持たない独立した公認会計士が、決算書が会計基準に従って正しく作成されているかをチェックし、第三者に対する信頼性を担保することを目的としています。監査の対象となる主な書類は以下のとおりです。

  • 財務諸表(貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書、キャッシュフロー計算書)
  • 注記事項
  • BIR Form 1702(年次法人税申告書)

会計監査の限界

一点、誤解されがちなことをあらかじめ触れておきます。会計監査はあくまで「会計の正確性」を検証するものであり、税務コンプライアンスの保証ではありません。「監査を受けていたのに、BIRの税務調査で追徴課税された」という声をフィリピンではよく耳にしますが、これは会計監査の目的を混同した話です(年次法人税申告書のレビューは含まれますが、税務申告全般の適正性を保証するものではありません)。監査の契約書をまずは良く確認することが重要です。

成果物:監査報告書と監査意見

監査が完了すると、Independent Auditor’s Report(独立監査人の監査報告書)が発行されます。この報告書には、以下いずれかの監査意見が記載されます。

  • Unqualified Opinion(無限定適正意見):財務諸表はすべての重要な点において適正に表示されている、という最も良好な評価です。特段の問題がなければ通常はこの意見となります。
  • Qualified Opinion(限定付適正意見):一部の事項を除いて概ね適正、という評価です。
  • Adverse Opinion(不適正意見):財務諸表が適正に表示されていないという否定的な評価です。
  • Disclaimer of Opinion(意見不表明):監査証拠が不十分で意見を表明できない、という評価です。資料の提供が著しく不十分な場合には、この意見に至る前に監査自体が中断されるケースもあります。

会計監査の流れとタイムライン

以下では、12月決算企業を例に、会計監査の流れと目安となるタイムラインを順に説明します(12月以外の決算期の場合は適宜読み替えてください)。

1. 監査人の選定・契約(~11月)

最初のステップは監査人の選定です。監査人には「独立性」が求められるため、日常の記帳や経理を会計事務所に外注していても、監査は別の組織と契約する必要があるケースが一般的です。

監査人にはフィリピン人公認会計士が個人で行うケースと、監査法人として行うケースがありますが、よほど信頼できる実績のある個人でない限り、監査法人への依頼を勧めます。監査法人は規模も報酬も幅広く、見積り取得の際は会社概要(定款、GIS等)や前期・期中の財務諸表の提示を求められるのが一般的です。法人を決定したら、Audit Engagement Letter(監査契約書)に署名して正式に契約となります。

なお、附属定款に「年次株主総会で監査人を選定する」旨が規定されている場合は、それに従う必要があります(株主総会は通常3〜4月頃のため、早めに意識しておく必要があります)。

2. 監査キックオフミーティング(~12月)

実際の監査に入る前に、企業・監査法人・(必要であれば)会計事務所の三者でキックオフミーティングを行います。双方の責任範囲、監査のタイムライン、重点確認項目、連絡体制などをここで確認します。

スケジュールについては、監査法人が提示するタイムラインは法定期限に間に合わせることを前提としています。日本の親会社への報告などで前倒しの対応が必要な場合は、このタイミングではっきり要求しておくことが重要です。なお近年はキックオフミーティングもオンラインで行われることがほとんどです。

3. 必要書類の提供(~1月)

キックオフ後、監査法人から必要書類のリストが提示されます。量も多く専門的な内容も含まれますが、速やかに提出を進めることが肝心です。会計事務所に外注している場合は、会計事務所が対応するのが一般的です。

このフェーズで特に注意すべきなのが、Confirmation Letter(確認状)の取り扱いです。確認状とは、監査人が銀行や主要取引先などの第三者に直接問い合わせ、決算書の数字(残高等)が実態と一致しているかを確認するための文書です。フォーマットは監査法人から提供されることが多く、企業側が作成・署名したうえで監査人を通じて送付します。この確認状の回収に時間がかかるケースが非常に多いため、まずは企業側が迅速に作成・署名することが全体の進捗を左右します。

4. 監査手続き(~2月)

監査法人が実際の監査手続きを進めるフェーズです。実地で帳簿・証憑を確認したり、業務担当者や経営者へのインタビュー(業務フローや内部統制に関する確認)が行われることもあります。企業側も随時対応できる体制を整えておく必要があります。

5. 監査クロージングミーティング(~3月)

監査の終盤に差し掛かると、クロージングミーティングが行われます。監査法人からの発見事項の共有、修正仕訳の議論、残タスクの確認などを行い、監査完了に向けて最終調整を進めます。

6. 監査済財務諸表のドラフト作成・確認・署名(~3月)

修正事項を反映した監査済財務諸表のドラフトを作成します。この工程をどこまで監査法人がサポートしてくれるかは契約や法人の規模によって異なりますが、大手監査法人ほど企業側での作成が求められる傾向があります。あわせてBIR Form 1702(年次法人税申告書)の作成も並行して進めます。

ドラフトは監査法人のレビューを経て、企業側が内容を確認・承認します。この段階でManagement Representation Letter(経営者確認書)への署名も行います。経営者確認書は、「財務諸表の作成責任は経営者にあり、監査人に対してすべての情報を開示した」ことを宣誓する重要な書類です。

7. 年次法人税申告書の提出・納税(~4月15日)

BIR Form 1702(年次法人税申告書)の提出・納税期限は4月15日です。監査済財務諸表の最終版が間に合わない場合でも、数値が確定している限り申告書を期限内に提出することが優先されます。

8. 監査済財務諸表の発行・提出(~4月)

監査法人からIndependent Auditor’s Report(独立監査人の監査報告書)が添付された監査済財務諸表の最終版が発行されます。この書類を、BIRとSECそれぞれに提出します。

BIRへの提出にはeAFS(電子財務諸表提出システム)を使用します。提出期限は「①年次法人税申告書の提出から15日以内」または「②法定納税期限(4月15日)から15日以内」のいずれか遅い日付とされています。通常は②が優先されるため、実質的な期限は4月30日となります。「4月15日が監査済財務諸表の提出期限」と誤解されているケースがよくありますので、注意してください。なお、年次法人税申告書の提出が4月15日を過ぎた場合(例:4月20日)は、そこから15日後(5月5日)が提出期限となります。

SECへの提出期限は、SEC登記番号の末尾1桁によって異なります(12月決算企業に限り、毎年SECが期限スケジュールを公表します)。12月決算以外の企業は、決算期末から120日後が提出期限です。

計画どおりに進めるには ─ 実務上の2つのポイント

会計監査は毎年の決算期における重要な作業ですが、準備が不十分なまま進めると期限を過ぎるリスクが高まります。名の通った日系企業でも期限を超過するケースは珍しくなく、何とか間に合ったとしても直前で慌ただしくなるのが定番です。

ポイント1:企業側がイニシアティブを握る

「監査法人に任せておけば進む」という認識は危険です。監査法人はタイムラインを提示しアドバイスをしてくれますが、期限内の完了を責任をもって保証してくれる存在ではありません。進捗を動かすのは企業側です。

具体的には、監査法人からの連絡が遅ければ催促する、依頼された資料は速やかに提出する、疑問点はその場で確認する、といった姿勢が求められます。期限に間に合わない企業ほど「監査法人から連絡が来ない」「進捗が見えない」と他責になりがちですが、監査法人に確認すると実は企業側の対応の遅れが原因だったというケースは少なくありません。会計事務所が間に入る場合も基本的な考え方は同じで、丸投げにはせず企業自身も積極的に関与することが重要です。

ポイント2:監査契約とキックオフを早めに済ませる

フィリピンでは12月決算企業が大半を占めるため、監査法人は毎年1〜4月にかけて繁忙期を迎えます。1月や2月に動き出そうとしても日程調整がつかずスタートが遅れる、というケースは毎年発生しています。

日系企業に多い3月決算の場合も同様で、4月は12月決算企業の対応でどこの監査法人も手が離せず、その後はスタッフが休暇モードに入るということもあり得ます。できる限り期末前に監査契約とキックオフを済ませてしまうのが理想で、そうすることで期末直後から書類提出を開始でき、全体に余裕が生まれます。

おわりに

会計監査はフィリピンで事業を行う法人にとって、毎年必ず対応しなければならない重要な義務です。監査法人との連携はもちろんですが、企業側が進捗を主導する意識を持つことが、余裕を持った完了への近道です。弊社のパッケージサービスには会計監査に関する実務サポートも含まれています(監査法人との契約は別途必要)。書類準備から修正対応まで、煩雑な実務は弊社でお引き受けします。詳しくはお気軽にご相談ください。