フィリピンに進出した日系企業の管理部門が戸惑うのが、経理・税務の複雑さです。「経理担当者に任せきりで実態がよく分からない」「これから経理体制を作りたいが何から手をつければいいか分からない」「どんなスキルを持つ人材を採用すればいいか分からない」——そんな声を現場でよく耳にします。
経理は会社の経営を支える根幹であり、資金繰りや税務リスクの観点からも、マネジメント層が最低限の業務全体像を把握しておくことは不可欠です。本記事では、フィリピン法人において一般的に必要となる経理業務を「日次・週次」「月次・四半期」「年次」の3つのタイムラインで整理します。
日次・週次で行う業務:正確な記録と証憑管理
経理の基礎は日々の積み重ねです。特にフィリピンでは証憑(エビデンス)の形式要件が厳格なため、経理担当者だけでなくマネジメントも含めた日常的な管理体制が重要になります。
販売時のInvoice(請求書)発行
売上が発生した際は、顧客に対してInvoice(請求書)を発行します。フィリピンでは、BIRから Authority to Print(印刷許可、以下「ATP」)を取得した正規フォーマットのInvoiceでなければならず、かつ「Invoice」という名称が記載されていることが必須条件です。
BIR Invoiceには、顧客情報(社名・TIN・住所等)や販売情報(数量・VAT課税対象小計額・ゼロ税率対象小計額・VAT額等)を漏れなく記載する必要があります。記載に不備があると、顧客側でVAT申告や法人税申告上の損金算入が否認される恐れがあり、取引先に多大な迷惑をかけることになります。
手書き式のBIR Invoiceを運用している場合、1件あたり10〜20分を要するケースもあります。発行件数が多い会社ではルーズリーフ式への移行が最低限の対策です。また、2025年2月にBIRが発布した Revenue Regulation No. 11-2025(以下「RR 11-2025」)により、大規模納税者や電子商取引事業者を対象とした電子インボイス(e-Invoice)の義務化が2026年3月から段階的に開始されます。自社が対象となるかどうかを早めに確認しておくことを推奨します。
なお、会計システムから発行したInvoiceや自社独自フォーマットのInvoice使用が禁止されているわけではありませんが、正規のBIR Invoiceとは別に管理する必要があるため、運用が煩雑になります。

A/R(売掛金)の管理・回収
nvoiceを発行した後は、期日通りに入金があるかを確認するAccounts Receivable(売上債権、以下「A/R」)の管理が続きます。フィリピンでは支払いの遅延や連絡が取れなくなるケースが頻繁に起こるため、A/R管理は事業の存続に直結する重要業務です。売上が順調でも入金が滞れば資金繰りはたちまち悪化します。
A/Rの管理・回収はマネジメントも日常的にモニタリングに加わることが欠かせません。回収漏れを防ぐための対策としては、取引開始前の与信確認、契約書への支払条件の明記、前金の受領、顧客との定期的なコミュニケーションが有効です。万一回収不能になった場合、回収に要する時間とコストは青天井になりかねません。法的権利を主張しても回収がスムーズに進まないケースも多く、撤退基準をあらかじめ決めておくことが現実的な対応といえます。
BIR Form 2307(源泉徴収票)の回収
ここは日本の実務と大きく異なるポイントです。フィリピンでは、BtoB取引においてサービス代金が入金される際、支払い側(顧客)が Creditable Withholding Tax(拡大源泉税)を差し引いて振り込むことが一般的です。BtoBのサービス業では、大半の取引がこの源泉税の対象となります。
差し引かれた税金分は、顧客から「BIR Form 2307(源泉徴収票)」を受け取ることで、自社の法人税の前払い(Tax Credit)として扱われます。逆に言えば、BIR Form 2307を回収できないと、税金を二重払いしているのと同じ経済的損失が生じます。入金確認と同時にBIR Form 2307を必ず回収するフローを社内で徹底することが不可欠です。
* BIR Form 2307の書式はこちら
経費発生時のInvoice(請求書)受領
物品の購入やサービスの提供を受ける際は、サプライヤーから正規フォーマットのBIR Invoiceを受け取ります。受領時には、自社の情報(社名・TIN・住所等)や販売情報(数量・VAT区分・VAT額等)が正確に記載されているかを必ず確認します。
サプライヤー側の知識や対応が不十分なため、記載に漏れや誤りがあるケースは珍しくありません。しかし、それを見落としたことで不利益を被るのは買い手である自社です。不備を発見したら即時修正を要求する姿勢を徹底してください。
なお、小売店や飲食店のPOSレジから発行されるレシートについては、「VAT REG TIN」等の記載があれば正規のBIR Invoiceとみなして問題ありません。一方で「This document is not valid for claiming input taxes」と記載されているものは正規のInvoiceではないため、正式なInvoiceの発行を求める必要があります。
A/P(買掛金)の管理・支払い
サプライヤーからのInvoiceを受け取ったら、まずCreditable Withholding Tax(拡大源泉税)の要否と適用税率を確認します。Invoiceに源泉税率と税額を明記してくれるサプライヤーもいますが、記載がない場合は自社で判断するか、都度確認が必要です。源泉徴収は買い手の義務であり、怠った場合はペナルティの対象となります。サプライヤーが返金に応じてくれたとしても、先方に多大な手間をかけることになります。
差し引く源泉税額を確定させてから、実際の支払いを実行します。BtoB取引では小切手または銀行振込が一般的です。銀行振込の場合、フィリピンでは受取側の銀行に取引詳細が表示されないケースが多いため、送金完了後に証跡(スクリーンショットや振込明細等)をサプライヤーに共有することが実務上の慣行になっています。
小切手を使う場合、書き損じがあると受取側の銀行で入金を拒否されることがあります。経理担当者が正確に小切手を作成し、マネジメントが署名するという承認フローを整備することが重要です。
銀行取引と小切手管理
銀行取引においては、内部統制の観点からMaker(振込等の入力担当者)・Checker(内容確認担当者)・Approver(承認者)の役割分担を設定することが求められます。一般的には経理担当者がMaker、その上長がChecker(不在の場合は省略可)、マネジメントがApproverとなります。振込先情報や金額の入力は慎重さが求められる作業であり、Makerには正確性と責任感のある人材を充てることが重要です。
Petty Cash(小口現金)の管理
交通費や少額備品の購入など、都度小切手を振り出すまでもない支払いのために、Petty Cash(小口現金)を設ける会社も多いです。運用する場合は、信頼できる人物に限定して出納管理を任せ、複数人でのダブルチェック体制とマネジメントによる定期的な確認を組み合わせることで、使途不明金や横領のリスクを抑えることが重要です。
なお最近では、小口現金そのものを廃止し、従業員の立替払いや事前承認制の現金交付で対応するフィリピン法人も増えています。
会計システムへの記帳
上記の日々の取引を、その日のうちに会計システムへ入力します。記帳時に証憑を添付するルールにしておくと、後から照合する手間が大幅に減ります。日々の記帳は月次決算や税務申告の精度を左右する根幹作業であり、正確性と迅速性の両方が求められます。
BIR Form 2307(源泉徴収票)の発行
自社がサービス代金を支払う際に源泉徴収を行った場合は、その証明としてBIR Form 2307(源泉徴収票)を作成し、四半期末の翌月20日までに相手先に交付する必要があります。これは法的義務であり、発行を怠るとサプライヤーとのトラブルの原因になります。件数が多いほど作業が煩雑になりますが、後回しにせず都度処理しておくことが得策です。
月次・四半期で行う業務:月次決算と税務申告・納税
月次のルーティンとして、月次決算の取りまとめと、フィリピン特有の頻繁な税務申告が発生します。
月次決算の取りまとめ
月末で帳簿を締め、Bank Reconciliation(銀行残高照合)を行います。各社のレポーティング要件に応じて、会計システムから月次・四半期の財務諸表を出力します。日本やシンガポール等の親会社への連結報告が必要な場合は、翌月5〜10営業日以内といった期限が設定されていることが多く、スピードと正確性の両立が求められます。
Withholding Taxの申告・納税
月次では、給与源泉税(BIR Form 1601-C)・拡大源泉税(BIR Form 1601-E)・デジタルサービスへの最終源泉VAT(BIR Form 1600VT)、最終源泉税(BIR Form 0619-F)などの申告・納税を行います。申告・納税期限は原則として翌月10日です。1日でも遅れるとペナルティが発生するため、スケジュール管理は徹底して行う必要があります。
給与計算
各従業員の基本給・各種手当に、残業や欠勤などの勤務実績を反映させ、最終的な支給額を確定します。この際、給与源泉税と法定社会保険(Social Security System(社会保険)・PhilHealth(国民健康保険)・Pag-IBIG Fund(住宅積立基金))の従業員負担分を計算して控除します。
給与源泉税は毎月申告・納税し、社会保険料は会社負担分と合わせて各機関に納付します。支払いは銀行の給与システム等を通じて、所定の支給日までに必ず完了させます。給与計算の誤りや遅延は従業員の信頼を大きく損ないます。また機密情報を扱う業務であるため、担当者を限定するか、外部に委託するかを検討することも重要です。
VAT・法人税・フリンジベネフィット税等の申告・納税
四半期では、VAT・法人税・Fringe Benefits Tax(フリンジベネフィット税)・拡大源泉税等の申告・納税を行います。申告書の作成・提出・納税に加えて、同四半期内の取引明細等をBIR所定の方法で別途提出する必要があります。月次業務に比べ必要な知識と作業量が大きく増えるため、早めに準備を進めることが重要です。
年次で行う業務:本決算と税務申告・納税
会計年度末を迎えると、1年間の総決算に向けた業務が集中します。
年次決算の取りまとめ
1年間の取引をすべて整理し、減価償却・引当金計上等の決算整理仕訳を行い、最終的な財務諸表をドラフトして監査法人に提出できる状態に仕上げます。
法定会計監査の対応
フィリピンでは、ほぼすべての法人に対して会計年度末の法定会計監査が義務付けられています。外部の監査人・監査法人と契約を締結し、指示に従って必要書類を順次提出します。監査の過程では追加資料の要求や確認状・経営者宣誓書等の対応が発生するため、速やかな対応体制が求められます。
最終的に監査結果を反映した財務諸表を完成させ、監査意見書を添付した監査済財務諸表をBIRとSECにそれぞれ提出します。多くのケースで期限直前に作業が集中するため、監査法人任せにせず自社の経理担当者がスケジュール全体をリードする意識が必要です。
年末調整
各従業員の年間給与所得と源泉徴収税額を確定し、過不足を調整します(Annualization)。従業員一人ひとりのBIR Form 2316(給与所得の源泉徴収票)を作成して署名をもらい、BIRへ提出します。また、全従業員の一覧であるAlphalist(アルファリスト)の提出も1月または2月に行います。
* BIR Form 2316の書式はこちら
年次税務申告・納税
12月決算の法人の場合、BIR Form 1702(年次法人税申告書)の申告・納税期限は原則4月15日ですが、BIRが延長措置を講じることもあるため、毎年の公式な期限を確認することをお勧めします。申告時には監査済財務諸表(Audited Financial Statements)の添付が必要です。また、年間を通じて回収したBIR Form 2307の合計額を税額控除として適用し、最終的な納税額を算出します。
予算策定・予実管理
マネジメントと連携して次年度の予算を策定するとともに、前年度の予算と今期実績の差異分析(予実管理)を行い、経営判断の材料として提供します。単に数字を並べるだけでなく、差異の原因を業務の実態に照らして分析するためには、会計スキルに加えて事業そのものへの深い理解が求められます。経理業務の中でも特に高度な領域です。
会計帳簿の製本・提出
日本ではあまり馴染みのない業務ですが、フィリピンでは1年間の総勘定元帳・仕訳帳等の Books of Accounts(会計帳簿)を印刷して製本し、BIRのオンラインシステム(ORUS)に登録する義務があります。登録期限は会計年度末から15日以内が原則です。これを怠ると、数年後の税務調査で指摘を受けるリスクがあります。
経理業務に欠かせない要素
ここまで見てきた通り、フィリピンの経理業務は多岐にわたり、日本の実務と異なる要素も少なくありません。これらを円滑に回すためには、以下の4つの要素が欠かせません。
会計・税務に関する知識
当然ながら、会計・税務に関する知識がなければこれらの業務をこなすことはできません。CPA(公認会計士)の資格があれば十分とは限らず、同じCPAでも個人によって知識量には大きな差があります。フィリピンの税制は通達レベルも含めて頻繁に改正されるため、常に最新情報をキャッチアップし、自社の取引へどう適用するかを判断できる専門性が必要です。
社内外との円滑な連携・コミュニケーション
経理は営業部門(Invoice発行・回収)、人事部門(給与計算)、サプライヤー、銀行、BIR等の外部機関と広く接点を持ちます。正確な情報をタイムリーに集め、関係者と調整を進めるコミュニケーション能力は、純粋な経理スキルと同様に重要です。
正確な業務遂行とスケジュール管理
税務申告は1日でも遅れるとペナルティが発生します。締め切りを常に把握し、逆算して準備を進める計画性と、数字を正確に処理する几帳面さが絶対条件です。
コンプライアンス・ガバナンス意識
期限とルールを厳守するコンプライアンス意識は、経理担当者にとって特に重要な資質です。また、優秀な経理担当者ほど一人に任せきりになりやすく、その分不正リスクも高まります。お金を扱う部門だからこそ、内部統制の仕組みを意識的に構築し、マネジメントが定期的に確認する体制が必要です。
おわりに
フィリピンの経理業務は、企業の経営を内側から支える重要な機能です。しかし、煩雑なタスクに追われるあまり、本業の成長がおろそかになっては本末転倒です。経理体制の構築や業務の見直しについてお悩みの方は、お気軽に当社までご相談ください。