フィリピン法人とグループ会社の間で行う取引の価格は、税務上「独立企業間価格」であることが求められます。フィリピンでも移転価格の規則は整備されており、一定の要件に当てはまる法人にはBIR Form 1709の提出義務と、移転価格文書の作成義務が課されています。この2つは要件も提出の仕方も異なるため、まず自社がどちらに当てはまるのかを切り分けることになります。この記事では、自社にどこまでの対応が求められるのかを判断できるように、制度の枠組みと実務上の優先順位を説明します。

移転価格税制とは

グループ企業間で商品の売買やサービスの提供、資金の貸し借りを行う際には、必ず「いくらで取引するか」という価格設定が伴います。この価格を「移転価格(Transfer Price)」と呼びます。

問題になるのは、この価格がグループ内で恣意的に操作された場合です。たとえば、フィリピン子会社が海外の親会社に対して原価を大幅に下回る価格で商品を販売したり、逆に過大な報酬を支払ってサービスを購入したりすることで、フィリピン側の課税所得を意図的に圧縮することができてしまいます。利益を税率の低い国に移転してグループ全体の税負担を軽減するこうした行為が、世界中の税務当局が移転価格に目を光らせる根本的な理由です。

この問題に対処するために設けられたのが移転価格税制であり、中心的な概念が「独立企業間価格(Arm’s Length Price)」です。独立企業間価格とは、関係のない第三者同士が通常の市場条件のもとで取引した場合に成立したであろう価格を指します。移転価格税制は、グループ内取引の価格がこの独立企業間価格と一致しているかどうかを問うものです。

フィリピンでは、内国歳入法を根拠として、2013年に発出された規則(RR No. 2-2013)が移転価格の基本的な枠組みを定めています。規定の内容はOECDの移転価格ガイドラインに沿ったものとなっており、国際的なスタンダードとの整合性が図られています。

他国と比べたフィリピンの執行状況

移転価格税制は多くの国が導入していますが、税務当局の執行強度は国によって大きく異なります。日本・米国・中国などの主要国では、移転価格を専門に扱う調査チームが組織され、多国籍企業グループを対象とした体系的な調査が日常的に行われています。

フィリピンでは、BIRが2019年に移転価格調査ガイドライン(RAMO No. 1-2019)を発出し、調査の手順と手法を整備しました。もっとも、移転価格だけを扱う専門調査部門が独立して稼働している状態には至っておらず、移転価格の指摘は通常の税務調査の中で個別論点として浮上するのが実情です。移転価格を主軸に据えた集中的な調査は、現時点では限定的な段階にとどまっています。

2026年に入り、BIRは税務調査の対象選定をシステムによるリスク評価へと切り替えました。優先的に選定される指標には、収益の大半を関連会社から得ていることや、グループ内で費用を配賦していることが含まれており、日系企業のフィリピン法人が触れやすい項目ではあります。ただし、これは調査対象の選び方が変わったという話であり、移転価格の調査手法そのものが強化されたわけではありません。移転価格の実務に対する影響という点では、一部に動きが見られる程度と捉えています。選定基準の詳細は「フィリピン BIRによる税務調査ルール一本化の続報(RMO No. 22-2026)」で扱っています。

クロスボーダーのサービス取引に対する当局の見方も動いてきました。2024年1月のRMC No. 5-2024は、非居住外国法人が提供したサービスへの課税範囲を大きく広げる内容で実務に混乱を招きましたが、その後の通達で軌道修正が図られ、2026年のRMC No. 24-2026では、国境をまたぐというだけで一律に課税されるわけではないことが確認されています。海外への支払いをめぐる課税の現状については「フィリピンのクロスボーダーサービス課税|海外への支払いの注意点」をご覧ください。

独立企業間価格から逸脱した場合の課税

BIRは、税務調査の過程でグループ内取引の価格が独立企業間価格から逸脱していると判断した場合、課税所得を修正し追徴課税を行う権限を持っています。具体的には、不足税額に加えて25%のサーチャージ(加算税)と年12%の延滞利息が課されることになります。

特に注目されやすいのは、サービス取引・ロイヤルティ・グループ内ローン(親子ローンなど)です。これらは物品の売買と異なり、市場価格が明確に存在しないケースが多く、価格の操作余地が大きいとみなされます。実際の調査事例では、グループ内ローンにゼロ金利や著しく低い金利を設定していた点や、ベンチマーキング分析で採用した比較対象の適切性が指摘されたケースが報告されています。

フィリピンの移転価格コンプライアンスは「2段階」

フィリピンの移転価格コンプライアンスは、大きく分けて2つの段階から構成されています。自社がどの段階に該当するかを正確に把握することが、実務上の出発点です。

第1段階:BIR Form 1709の提出

次の3つの要件をすべて満たす法人は、BIR Form 1709(関連者取引の情報申告書)を年次法人税申告書に添付して提出する義務があります。

  • 年次法人税申告書の提出義務があること
  • 当該課税年度中に国内外の関連者との取引があること
  • 次のいずれかに該当すること
    • Large Taxpayer(大規模納税者)として登録されている
    • 税制インセンティブの適用を受けている
    • 当期を含めて3期連続で純営業損失(Net Operating Loss)を計上している
    • 上記のいずれかに該当する関連者との取引がある

見落としやすいのは、規模が小さくても対象になり得る点です。進出直後で大規模納税者に当たらない法人でも、PEZAやBOIの登録によって税制インセンティブを受けていれば、取引規模にかかわらず対象になります。3期連続の赤字が生じている場合や、取引相手の関連者が上記に該当する場合も同様です。

第2段階:移転価格文書(TPD)の作成

第1段階のBIR Form 1709提出義務がある法人のうち、さらに次のいずれかの金額基準に該当する場合は、Transfer Pricing Documentation(以下「移転価格文書」)の作成が必要です。

  • 年間総収入が1億5,000万ペソ超、かつ国内外の関連者との総取引額が9,000万ペソ超
  • 同一の関連者との物品売買取引が年間6,000万ペソ超
  • 同一の関連者とのサービス取引・利息の支払い・無形資産の使用その他の取引が年間1,500万ペソ超
  • 直前の課税年度において作成義務があった場合

作成のタイミングには「同時性(contemporaneous)」が求められます。対象となる課税年度について、年次法人税申告書の申告期限(12月決算であれば翌年4月15日)までに文書が出来上がっている必要があるという意味です。一方で、BIRへ添付して提出することまでは求められていません。税務調査の通知(Letter of Authority)を受けて提出を求められた際に、原則30日以内に提出することとされており、正当な理由を書面で示せば延長が認められる余地があります。

2つの段階の違い

第1段階のBIR Form 1709は、年次法人税申告書に添付して提出するものです。提出したかどうかは申告書を見れば分かるため、義務があるのに出していない状態は表に出やすい性質があります。該当する法人の数も相当あります。

第2段階の移転価格文書は、金額基準に当てはまれば作成が義務づけられている点は同じですが、BIRへ提出する場面が異なります。申告時の添付は不要で、税務調査で提出を求められたときに出すという建て付けです。当社がこれまで立ち会ってきた日系企業の税務調査に限って言えば、移転価格文書の提示を求められた場面にはまだ遭遇していません。観測範囲での話ではありますが、要求される頻度が高いとは言えないのが実情です。

そのため、第1段階に該当するかどうかは、まず確認すべき事項です。第2段階に該当する場合は、作成義務があることを前提としたうえで、どこまで費用をかけて対応するかを自社で検討することになります。次章では、その検討材料を整理します。

移転価格文書を作成すべきかの判断

作成義務の要件に該当する法人であっても、実際に作成に踏み切るかどうかは費用対効果の観点から判断することを推奨します。移転価格文書は一度作れば終わるものではなく、毎年の維持を前提としたコストが発生するためです。

作成と維持にかかるコスト

移転価格文書の作成は、移転価格を専門とする業者への依頼が実質的に必須です。中核となるベンチマーキング分析には、比較対象企業を抽出するための財務データベースと分析ツールが必要であり、社内で完結できる性格の作業ではありません。費用は取引の複雑さや分析対象の数にもよりますが、規模の小さな法人でも最低50万ペソ程度、ある程度の事業規模になれば100万ペソを超えるのが一般的です。

維持コストもあらかじめ見込んでおく必要があります。同時性の要件を満たし続けるには年度ごとの見直しが欠かせず、実務上は作成の翌年・翌々年に財務数値の更新と比較対象の検証を行い、3年目前後でベンチマーキング分析そのものを作り直すという流れになることが多いです。初年度に100万ペソをかけたとしても、その後も毎年費用が続くという前提で検討することになります。

リスクの期待値との比較

移転価格文書の作成義務が生じる規模に達した法人であっても、移転価格を主軸とした専門調査を受ける確率は現時点では限定的です。前述のとおり、当社の経験の範囲では、税務調査の場で移転価格文書の提示を求められた事例は確認できていません。調査リスクの期待値と維持コストを冷静に比較衡量したうえで判断することが、現実的な経営上の選択です。

ただし、作成しないという判断をした場合でも、グループ内取引の価格根拠を社内で記録しておくことは別の話です。契約書、業務報告書、請求書、関連するメールのやり取りといった一次資料が揃っているかどうかで、調査を受けたときの初期対応はまったく違うものになります。

取引類型ごとの実務

グループ内サービス取引(外注・業務委託)

フィリピン法人がグループ本社から業務を受託し、発生したコストにマークアップ(利益の上乗せ)をして請求するというスキームは、日系企業のフィリピン法人において非常によく見られるパターンです。委託元は日本の親会社であることが多いものの、シンガポールなどに置かれた地域統括会社であるケースも少なくありません。営業支援、市場調査、バックオフィス業務、ITサポート、出資先の管理などが典型例です。

この場合、移転価格の算定にはコスト・プラス法が広く用いられます。発生コストに一定のマークアップ率を乗じて移転価格とする方法で、サービスを提供する側のコスト構造が比較的明確な場合に適しています。

マークアップ率の考え方

BIRは、移転価格の規則でも調査ガイドラインでも、具体的なマークアップ率のパーセンテージを規定していません。OECDガイドラインは「低付加価値サービス」に対して5%のセーフハーバー・マークアップを認めていますが、BIRはこの区分を公式には採用しておらず、取引の規模や性質を問わず個別の比較可能性分析を求める立場をとっています。

実務上は、ルーティン的なバックオフィスやITサポートのように付加価値が限定的なサービスについて、5〜15%程度のマークアップが合理的な範囲の目安として参照されることが多いです。ただし、これはあくまで実務慣行上の参照値であり、BIRから説明を求められた場合には、自社の取引に即した根拠を示して説明責任を果たす必要があります。

サービスの実在性の証明(Service Benefit Test)

マークアップ率と並んで問われるのが、そのサービスが実際に提供され、受け手に経済的な価値をもたらしたかという点です。BIRは移転価格の調査において、まずサービスの実態があるかどうかを確認します。契約書、業務報告書、成果物、請求書、関連するメールのやり取りを課税年度ごとに整理しておくことが、実務上もっとも効く備えになります。

グループ内ローン(Inter-company Loan)

親会社から子会社への資金融通(親子ローン)や、グループ内での資金の貸し借りも移転価格の対象となります。独立した企業同士であれば当然に発生するはずの利息を設定しない、あるいは著しく低い金利にとどめることは、BIRの指摘対象になり得ます。通常の税務調査において、無利息の親子ローンに対して利息相当額の課税所得認定が行われた事例も報告されています。

金利設定で考慮する要素

適切な金利を設定するにあたっては、次の要素を総合的に考慮することになります。

  • 通貨。PHP建てであればBSP(Bangko Sentral ng Pilipinas、フィリピン中央銀行)の政策金利、USD建てであればSOFR(Secured Overnight Financing Rate)など、JPY建てであれば日本銀行の政策金利といったように、起点となる基準金利が異なります。
  • 期間。短期(1年未満)と長期(5年超など)では信用リスクの性格が異なり、一般に期間が長いほど金利は高くなります。
  • 借り手の信用度。独立した企業間の取引であれば、財務基盤が脆弱な相手ほど高い金利が要求されます。グループ内ローンであっても、借り手の信用力を客観的に評価した記録を残しておくことになります。
  • 担保・保証の有無。担保や保証がある場合は信用リスクが低減されるため、金利を低く設定する根拠になります。
  • 市中銀行の貸出金利。フィリピンの銀行が同種の借り手に対して実際に適用している貸出金利のレンジは、有力な参照データです。

調査ガイドラインでは、グループ内ローンの金利の独立企業間性の検証にはComparable Uncontrolled Price Method(独立価格比準法)を用いることが原則とされており、同等の信用力を持つ借り手に対する市場金利をベンチマークとして比較することが求められます。実務でつまずきやすいのは、「中央銀行の公表金利をそのまま適用した」という説明だけで済ませてしまうケースです。借り手の信用力・期間・通貨・担保の有無に応じた比較可能性調整を行ったうえで、その根拠を貸付の実行時に文書として残しておくことをお勧めします。

対応の優先順位

求められる対応の水準は、法人の規模と取引の性質によって変わります。次のように分けて考えると、何から手をつけるべきかがはっきりします。

必ずやること

  1. BIR Form 1709の提出義務があるかを確認する。PEZAやBOIの登録をはじめ、税制インセンティブの適用を受けている法人は、取引規模にかかわらず提出対象になり得ます。自社が該当するかどうかを確認し、該当する場合は年次法人税申告書への添付を確実に行ってください。
  2. グループ内取引の価格根拠を最低限記録しておく。正式な移転価格文書の作成に至らない場合でも、取引条件・価格の根拠・契約書・請求書・業務報告書といった一次資料は整理して保管してください。調査の初期段階では短い期限を切って資料の提出を求められるため、そこから探し始めると間に合いません。

やっておいた方が良いこと

  1. グループ内サービスの証跡を課税年度ごとに整理する。業務報告書・成果物・承認記録など、サービスが実際に提供されたことを示す書類を決算の都度まとめておくと、負担が分散します。
  2. グループ内ローンの金利設定の根拠をメモに残す。通貨・期間・借り手の信用度・参照した市場金利を書いた1枚のメモを契約書とあわせて保管しておくだけでも、調査時の説明はかなり楽になります。
  3. 金額基準が視野に入った段階で専門家に相談する。総収入1億5,000万ペソ超かつ関連者間の総取引額9,000万ペソ超、あるいは同一の関連者とのサービス取引1,500万ペソ超といった基準に近づいてきたら、費用対効果を含めた対応方針の検討に早めに着手してください。

おわりに

フィリピンの移転価格税制は、制度の枠組みとしてはOECDガイドラインに準拠した体系が整備されています。一方で、現時点での執行強度は日本や中国などの主要国と比べると限定的であり、フィリピン進出企業にとっては相対的にリスクが低い状況が続いています。2026年に税務調査の対象選定の方法が見直されたことで、関連者との取引を持つ法人が調査対象に上がりやすくなった面はありますが、移転価格の実務を大きく変えるほどの動きには至っていません。

実務としては、まず自社が2つの段階のどちらに該当するかを確認するところから始まります。BIR Form 1709は申告時の添付が求められるため、該当するかどうかの確認を先に済ませておく必要があります。移転価格文書については、作成義務の要件に当てはまったうえで、コストと調査リスクをどう見るかによって対応の水準が変わってきます。提出義務の有無の確認から、グループ内取引の価格根拠の整理、移転価格文書の要否の判断まで、当社でもご相談を承っています。判断に迷う段階でお気軽にお問い合わせください。