2024年10月に成立したVAT on Digital Services Law(Republic Act No. 12023)により、フィリピン国外から提供されるデジタルサービスにもVAT12%が課されることになりました。B to B・B to Cそれぞれの納税の仕組み、BIR登録や申告実務など、フィリピンで事業を行う日系企業が押さえておくべきポイントを解説します。
デジタルサービスVAT法とは
2024年10月、Republic Act No. 12023(共和国法第12023号)、通称VAT on Digital Services Law(以下「デジタルサービスVAT法」)が成立し、2025年6月2日より本格的な課税が開始されました。フィリピンに事業拠点を持たない国外の事業者(非居住法人)も対象となることから、影響範囲の広い法律です。
フィリピンのVATは「消費地課税主義」を原則としており、フィリピン国内で消費されるサービスであれば、理屈の上では従来からVATの課税対象でした。ただし、デジタルサービスについては税務当局(BIR)が取引を実際に捕捉する手段を持たず、事実上の課税空白が続いていました。この問題の背景には、大きく2つの事情があります。
1. 税収確保の機会逸失
デジタルサービスへの需要はフィリピン国内でも急拡大していましたが、BIRとしては課税の根拠となる明確な法的枠組みがなく、本来得られるはずのVAT税収を確保できていませんでした。大統領府の発表によれば、同法の施行によって今後5年間で1,050億ペソの税収増を見込んでいます。
2. フィリピン国内のデジタルサービスプロバイダーの価格競争力喪失
国内外の事業者間における競争環境の不均衡です。フィリピン国内の事業者がデジタルサービスを提供する場合は通常どおりVATが課されますが、国外の事業者が提供する場合は実質的に非課税という状態が続いていました。全く同一のサービスであっても、国内事業者の料金には12%のVATが上乗せされるため、価格競争力の面で不利な立場に置かれていました。
デジタルサービスVAT法はこの不均衡を解消し、国内外の事業者が公平に競争できる環境を整えることも目的のひとつとしています。
対象となるデジタルサービス
課税対象となるデジタルサービスは、法律上以下のように例示されています。
- Online search engine(オンライン検索エンジン)
- Online marketplace or e-marketplace(オンラインマーケットプレイス)
- Cloud service(クラウドサービス)
- Online media and advertising(オンラインメディア・広告)
- Online platform(オンラインプラットフォーム)
- Digital goods(デジタルコンテンツ・商品)
法人・個人を問わず日常的に利用するサービスがほぼ網羅されており、実務上の影響は広範に及びます。一方で、TESDA(技術教育・技能開発庁)等の認定を受けた教育関連のデジタルサービスや、金融に関するデジタルサービスについては、引き続きVATが免除されています。
VATの負担者と納税の仕組み
VATを負担するのは誰か
VATの最終的な負担者は、フィリピン国内の買い手(消費者)です。従来は100ペソで購入できていたデジタルサービスが、課税開始以降はVAT12%が上乗せされた112ペソが実質的な負担額となります。
ただし、誰がBIRに対して実際に納税するかは、買い手が法人(B to B)か個人(B to C)かによって異なります。
B to Bの場合:リバースチャージ方式
買い手がフィリピン現地法人・支店・駐在員事務所といった事業者の場合は、Reverse Charge Mechanism(リバースチャージ方式)が適用されます。これはフィリピンでいうFinal Withholding VAT(最終源泉VAT)に相当する仕組みで、売り手ではなく買い手側のフィリピン法人がVATをBIRに直接納税するという方式です。日本でも同様の制度が消費税において導入されており、考え方としてはなじみやすいかもしれません。
具体例で整理すると次のようになります。フィリピン現地法人A社が、Microsoftのクラウドサービスを月額100ペソで業務利用したとします。この場合、A社は100ペソをMicrosoftに支払い、別途VAT相当の12ペソをBIRに納税します。Microsoft側は従来どおり100ペソを受け取るだけで、VATの納税手続きに直接関与する必要はありません。
なお、A社がBIRに納付した12ペソは、A社のInput VAT(日本の仮払消費税に相当)として計上されます。A社が事業を通じて得るOutput VAT(仮受消費税)との相殺が可能なため、一時的なキャッシュアウトは生じますが、Output VATがInput VATを上回る通常の事業者であれば、損益面での実質的な負担は生じません。
B to Cの場合:売り手が納税
買い手がフィリピン国内の個人である場合、VATの納税義務を負うのは売り手である国外の事業者です。売り手がVAT12%分を料金に上乗せして請求し、顧客から預かったVATをBIRに納税します。
具体例として、フィリピン在住の個人B氏がNetflixのサービスを月額100ペソで契約した場合、B氏の支払額はVAT込みで112ペソとなります。このうち12ペソはNetflixがBIRに納税する義務を負います。B to Bと異なり、個人の場合はInput VATの控除が使えないため、VAT12%分はそのまま個人の実質的な負担となります。
実際のところ、Netflixをはじめとするグローバルなデジタルサービスプロバイダーは、フィリピン向けの料金を順次改定しており、その改定幅にはVAT分が含まれているケースがあると考えられます。ただし、VAT相当額が明示されていないことが多く、実態として確認するのは難しい状況です。
各立場における対応事項
B to Bの買い手(フィリピン現地法人等)
国外のデジタルサービスを業務利用するフィリピン法人にとって、最も直接的な実務対応が求められます。申告・納税は、BIR Form 1600VT(月次のVAT源泉徴収納付書)を使用し、取引発生月の翌月10日までにBIRへ申告・納税します。
あわせて、Alphalistと呼ばれる取引明細をDATファイル形式で作成し、毎月BIRに提出することも義務付けられています。このAlphalistには、取引相手ごとに社名・TIN・住所・取引金額・VAT金額等を記載する必要があり、通常のVAT四半期申告とは別の対応として負担感の大きい作業です。

なお、A社が支払ったVATの12は、A社のInput VAT(日本の仮払消費税に相当)として計上され、A社が販売時に得られるOutput VAT(同仮受消費税)との相殺に用いることができます。従って、A社とってデジタルサービスに係るVATは、一時的なキャッシュアウトを伴いますが、Output VATとの相殺を考慮すれば、損益面では従来と変わりません(Output VATがInput VATを上回る一般的なケースを想定)。
B to Bの売り手(国外のデジタルサービスプロバイダー)
Microsoft、Google、Amazon(AWS)、Dropbox、Canvaなど、フィリピン向けにデジタルサービスを提供する国外事業者がこれに該当します。B to Bの場合、VATの実際の納税はフィリピン側の買い手が行うため、売り手が直接BIRに納税する必要はありません。ただし、以下のコンプライアンス対応が求められます。
1. BIR登録
非居住法人(Non-Resident Digital Service Provider、以下「NRDSP」)としてBIRに登録し、VAT登録事業者としてのTIN(納税者識別番号)およびBIR Form 2303(登録証書)を取得します。
2. VDSポータルへの登録
BIRが新たに開設したVDS(VAT on Digital Services)ポータルへの登録が必要です。このポータルは、国外事業者が税務申告・納税を行うための専用システムです。
3. BIR要件に基づく請求書の発行
フィリピン国内のB to B取引向けに、以下の項目を含む請求書を発行する必要があります。
- ① 請求書発行日
- ② 請求書番号(取引照会番号)
- ③ 買い手の会社名、TIN、住所
- ④ 取引概要
- ⑤ 合計額
- ⑥ 買い手がVATの納税責任を負う旨の注意書き
※売り手側の会社名、TIN、住所も明記する必要があります。

4. 四半期ごとのVAT申告
B to Bの場合、納税自体は買い手が行いますが、売り手の国外事業者もVAT申告書の提出義務があります(売上相当のVATは買い手が納付済みのため、いわゆるゼロ申告となります)。申告書式はBIR Form 2550DS(非居住デジタルサービスプロバイダー向けの新書式)を使用し、VDSポータル経由で申告します。申告期限は各四半期終了後25日以内です。
なお、これら一連の対応を国外の事業者が自ら行うことは実務上困難なため、フィリピン国内の会計事務所やコンサルタントへの委託が現実的な選択肢となります。

B to Cの買い手(フィリピン国内の個人)
Netflix、Spotify、Facebookなどのサービスを個人利用するケースが該当します。買い手である個人には特段の申告・納税義務はなく、VAT込みの料金を支払うのみです。
B to Cの売り手(国外のデジタルサービスプロバイダー)
B to Cの場合は、買い手から受け取ったVAT相当額を売り手が納税する義務を負います。対応の流れはB to Bの売り手と基本的に同一ですが、最後に実際の納税が加わる点が異なります。こちらも国外事業者が単独で対応することは難しく、フィリピン国内の専門家への委託が必要になるケースが大半です。
国外事業者への罰則と実務上の留意点
今回の法律や施行規則・通達は、Google、Microsoft、Netflix、Amazon、Spotify、Facebookといった大手グローバルプロバイダーを主な対象として念頭に置きながら制定されています。コンプライアンス違反の場合、フィリピン国内でのサービス遮断という制裁措置も示唆されています。
一方、中小規模のデジタルサービスプロバイダーのコンプライアンス状況をBIRがすべて把握・監視できるとは考えにくく、対応の費用対効果に悩む国外事業者も出てくることが予想されます。
ただし、B to B取引においては、買い手側のVAT申告(BIR Form 1600VT)に売り手のTIN情報を記載する必要があります。売り手がBIR未登録でTINを持っていない場合、買い手のInput VATが正しく認定されないリスクが生じます。この点から、買い手であるフィリピンの事業者側から取引相手の国外事業者に対してTIN取得を求めるケースも増えてくると考えられます。
なお、本法律・施行規則・通達はいずれも比較的新しく、実務運用において不明瞭な点がまだ残っています。ビジネス界からのフィードバックを受けながら、今後も段階的に整備・改正が進んでいくものと思われます。デジタルサービスの売買に関わる事業者は、適宜BIRの最新通達を確認しつつ、必要な対応をとることが求められます。
おわりに
デジタルサービスVAT法は、フィリピンに進出している日系企業にとって実務上の新たな対応事項を生む法律です。特に国外のSaaSやクラウドサービスを業務利用している現地法人は、毎月のBIR Form 1600VT申告およびAlphalistの提出が必要となります。対応が漏れるとペナルティの対象となる可能性もあるため、早めの体制整備をお勧めします。デジタルサービスに係るVAT申告の実務対応や、国外事業者のBIR登録支援については、弊社までお気軽にご相談ください。
【参照】