フィリピンで従業員を雇用する企業には、毎月の給与支払いの際に所得税を源泉徴収し、税務当局へ申告・納付する義務があります。この仕組みが給与源泉税であり、雇用主は自社の税務コンプライアンスの一環として、正確な計算と期限内の申告を継続的に行う必要があります。本記事では、給与源泉税の仕組みから毎月の実務、年末調整、BIR Form 2316の発行、社会保険料の控除、そしてグロスアップ計算まで、実務担当者向けに解説します。

なお、個人所得税の税率テーブルや課税所得の計算方法(De Minimis Benefitなどの非課税項目を含む)については、別記事「個人所得税」で詳しく解説しています。本記事は、その内容を前提として読み進めていただくことを想定しています。

給与源泉税とは

フィリピンの税法では、従業員を雇用する事業者はWithholding Agent(源泉徴収義務者)として、従業員の給与所得に係る所得税を毎月の給与支払い時に源泉徴収する義務を負います。源泉徴収された税額は、従業員に代わって会社がBIRへ申告・納付します。

日本の給与源泉徴収と基本的な考え方は同じです。従業員が自ら確定申告を行うのではなく、会社が年間を通じて税額を把握・徴収し、最終的に年末調整で精算するという流れです。

毎月の給与源泉徴収の計算方法

給与源泉税の計算方法には、大きく2つのアプローチがあります。

① Withholding Tax Table(源泉徴収税額テーブル)を使う方法

実務上もっとも一般的な方法です。BIRが公表しているWithholding Tax Table(源泉徴収税額テーブル)は、給与の支払いサイクル(日次・週次・半月次・月次)ごとに、課税所得の金額レンジと対応する源泉徴収税額が一覧化されており、これに当てはめるだけで税額が算出できます。テーブルはBIRの公式サイトで公表されています。

たとえば、半月次(semi-monthly)払いの場合、課税所得がPhp33,333〜Php83,332のレンジであれば「Php4,270.70 + Php33,333超過分の25%」という計算式がテーブルに規定されており、そのまま適用します。月次(monthly)払いの場合は対応する月次テーブルを使用します。このテーブルは年間の個人所得税率テーブルを支払いサイクルごとに換算したものであり、どちらのアプローチを用いても理論上は同じ結果になります。

なお、テーブルに当てはめる「課税所得」は、総支給額から社会保険料の従業員負担分、De Minimis Benefit(少額手当)の非課税枠内金額、13ヶ月目給与等の非課税枠内金額を控除した後の金額です。

② Annualized(年間換算)アプローチによる方法

もう一つの方法が、年間ベースで税額を計算するAnnualizedアプローチです。月次または半月次の課税所得を年間換算(×12または×24)し、個人所得税の年間税率テーブルを適用して年間税額を算出します。そこから当年の源泉徴収累計額を差し引き、残り月数で割ることで当月の徴収額を決定します。この方法は、年間の精算精度が高く、年末調整の過不足を最小化できる利点があります。給与計算システムを導入している場合はこちらで自動計算しているケースも多いです。

計算例(月次テーブル使用): 月次課税所得(社会保険料等控除後)がPhp130,000の場合、月次テーブルの区分4(Php66,667〜Php166,666)が適用され、源泉徴収税額はPhp8,541.80 + (Php130,000 – Php66,667) × 25% = Php24,373.05となります。

なお、課税対象となる賞与等が発生した月は、その分を課税所得に加算して税額を再計算する必要があります。

給与支払い時の申告・納付手続き

給与源泉税の申告には、BIR Form 1601-C(給与源泉税月次申告書)を使用します。提出・納付期限は、原則として翌月10日までです。eFPS(電子申告納付システム)を利用している場合は、BIRのグループ分類に応じて翌月11日〜15日の間に設定されています。

年末調整が完了した後には、BIR Form 1604-C(給与源泉税年次申告書)を翌年1月31日まで(実際には延期されるケースが多い)に提出します。この申告書には、全従業員のBIR Form 2316の情報を集約したアルファベット順のリスト(Alpha List)を添付する必要があります。

社会保険料の源泉徴収

給与源泉税とあわせて、雇用主は毎月の給与支払い時に社会保険料の従業員負担分を給与から控除する義務があります。それぞれの拠出金の納付期限は機関ごとに異なります。実務上は、SSS・PhilHealth・Pag-IBIGそれぞれのオンラインポータルを通じて支払いを行います。なお、これらの従業員負担分は、個人所得税の課税所得計算上の控除項目として扱われます。拠出率・拠出額の上限は毎年改定されることがあるため、最新情報は各機関の公式サイトおよびBIRの通達でご確認ください。

また社会保険に関する詳細は、こちらの記事で紹介しています。

年末調整

年末調整の仕組み

年末調整(Annualization)は、毎月の源泉徴収累計額と年間の実際の税額との差を精算する手続きです。通常は12月の給与支払い時(または最後の給与支払い時)に実施します。

年末調整では、1月から12月までの年間総所得(13ヶ月目給与・その他手当を含む)を集計し、課税所得を確定させたうえで年間税額を確定計算します。そして1月から11月までの源泉徴収済み累計税額との差額を算出します。過剰徴収の場合(確定税額 < 累計源泉徴収額)は差額を12月給与とともに従業員に還付し、不足の場合(確定税額 > 累計源泉徴収額)は12月給与から追加徴収します。追加徴収額が大きく一度に控除が困難な場合は、従業員の同意を得たうえで分割徴収することも認められています。

年の途中で入社・退職した場合

入社時は、当年に別の雇用主のもとで勤務していた従業員から、前職で発行されたBIR Form 2316(源泉徴収票)を提出してもらう必要があります。前職での累計給与・累計源泉徴収額を引き継いで計算することで、年始からの年間所得を正確に把握したうえで年末調整を実施できます。前職のBIR Form 2316が提出されない場合、当社での給与のみをベースに計算せざるを得ず、年末調整での過不足が生じやすくなります。採用時に書類提出を依頼することを入社手続きのフローに組み込んでおくことをお勧めします。

退職時は、退職時点で年末調整を実施します(暦上の年末ではありませんが、その従業員に対する年間精算という意味で同様の手続きです)。退職月の最終給与支払い時に年間税額を確定させ、源泉徴収済み税額との過不足を精算したうえで、BIR Form 2316を発行して退職者本人に交付します。退職者はこのBIR Form 2316を次の職場に提出することになります。

BIR Form 2316(源泉徴収票)

BIR Form 2316は、日本の源泉徴収票に相当する書類で、雇用主が従業員ごとに発行する年次の証明書です。記載内容は、従業員の氏名・TIN、雇用主の情報、当年の総支給額の内訳(基本給・各種手当・13ヶ月目給与等)、課税所得額、年間源泉徴収税額などです。

発行タイミングは2通りあります。在職中の従業員に対しては年末調整完了後・翌年1月31日までに全従業員へ交付し、年の途中で退職した従業員に対しては退職月の最終給与支払い後に速やかに発行します。雇用主は全従業員分のBIR Form 2316を集約してBIR Form 1604-Cに添付し、BIRへ提出(アルファリスト提出)する義務があります。

Substituted Filing(確定申告の代替)との関係も重要です。「1社からのみ給与を受け取っており、かつ年末調整が完了している」従業員は、BIR Form 2316をもって確定申告の代替とすることができます。この場合、従業員は個人として確定申告書(ITR)を別途提出する必要がありません。一方、複数の雇用主から給与を受け取っている場合や、給与以外に所得がある場合(例:日本本社からも報酬を受け取っている駐在員)は、BIR Form 2316があっても別途確定申告が必要です。確定申告の詳細については、別記事「駐在員の確定申告」をご参照ください。

税務申告上の給与額とAFS上の給与額の差異

税務調査において頻繁に指摘される論点の一つが、給与源泉税申告書(BIR Form 1601-C / 1604-C)上の給与総額と、AFS上の人件費計上額との不一致です。

この差異が生じる主な原因は以下のとおりです。財務諸表上の人件費には、会社負担の社会保険料(SSS・PhilHealth・Pag-IBIG)や退職給付引当金の繰入額が含まれますが、これらは給与源泉税の課税対象となる補償額(Compensation)には含まれません。また、De Minimis Benefitの非課税分や非課税枠内の13ヶ月目給与等は、財務諸表上は人件費に計上される一方で源泉税申告上の課税補償額には含まれないため、両者に乖離が生じます。さらに、役員等への福利厚生に課税される Fringe Benefit Tax(以下「役員福利厚生税」)の対象となる給付は、給与源泉税ではなく別申告となるため、これも差異の原因となります。また、締日により差異が生じることもあり得ます。

BIRはこの差異に着目して調査を行うことが多く、説明のつかない乖離があると追徴課税の対象となりかねません。実務上は、差異の内訳を項目別に整理した調整表(Reconciliation Schedule)を作成・保管しておくことが不可欠です。税務調査の際に即座に提示できる状態にしておくことが、スムーズな対応につながります。

手取り保証の場合(グロスアップ計算)

グロスアップとは

日系企業が日本人駐在員や外国人従業員に「手取りXXX万円保証」「ネット〇〇ペソ支給」といった形で給与を設定するケースがあります。この場合、所得税および社会保険料の従業員負担分を会社が肩代わりすることになり、この計算処理をグロスアップ(Gross-up)といいます。

グロスアップが必要な理由は、会社が負担した税金そのものも従業員への経済的利益(所得)とみなされるためです。つまり「税金の税金」が発生する構造になっており、単純に「手取り額に税額を足せばグロス額が出る」という計算にはなりません。反復計算または数式によって、真のグロス総支給額を求める必要があります。

グロスアップの計算概念

グロスアップの基本的な概念式は、グロス額 = ネット手取り額 ÷ (1 – 税率)です。

ただし、個人所得税は超過累進税率であるため実効税率はグロス額に応じて変動します。そのため厳密には、グロス額を仮定→課税所得・税額を計算→ネット額を確認→ネット額が目標と一致するまでグロス額を調整するという反復計算が必要です。実務上は、Excelのゴールシーク機能や専用の給与計算ツールを用いて対応するケースが多いです。

社会保険料もグロスアップする場合はさらに複雑になります。従業員負担分の社会保険料を会社が肩代わりすると、その金額自体が課税所得に上乗せされる構造があるためです。手取り保証の対象範囲(所得税のみか、社会保険料も含むか)を雇用契約上で明確に定義しておくことが重要です。

おわりに

給与源泉税は、毎月の計算・申告・納付から年末調整・BIR Form 2316の発行まで、継続的かつ正確な管理が求められる業務です。計算誤りや期限遅延がペナルティに直結するだけでなく、税務調査においては財務諸表との整合性まで問われます。フィリピンの給与源泉税の実務にお困りの際は、お気軽に弊社へご相談ください。